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2011に関するyamaigaのブックマーク (18)

  • 【山さ行がねが】ミニレポート第178回 部奈マレットゴルフ場(仮称) 

    ※当初、このレポートのタイトルを「部奈パターゴルフ場」としていましたが、ここで実践される競技はゴルフクラブではなく専用のスティックを用いたマレットゴルフ(福井県で誕生した和製ゴルフ)であるという指摘がありましたので、レポートのタイトル含め文の中の記述も修正しました。マレットゴルフファンの皆様、たいへん失礼致しました。 ミニレポだからって、ゴルフ場を紹介してどうするのかと聞かれると辛いが、まあ「変なもの発見!」にすると写真点数が多すぎるのでこちらに来たのである。ご了承願いたい。 「ゴルフ道」という言葉もあるくらいだから、道路趣味とゴルフの繋がりだって、全くないとは言えないはずだ。 2011/4/22 14:22 【所在地(マピオン)】 で、ここはどこかというと、長野県の伊那地方にある松川町のはずれにある部奈(べな)という高台の集落だ。 ここを通る町道を自転車で通過中、路傍でこんなものを見

    yamaiga
    yamaiga 2013/04/19
    乾坤一擲! 神に捧げる打球場
  • 【山さ行がねが】ミニレポート第169回 JR五能線広戸駅

    2011/12/6 16:34 国道101号のうち、能代から鰺ヶ沢まで日海沿いを走るルートは、比較的人気のあるドライブコースなので、体験したことがある人は少なくないと思う。 しかし、如何せん長い行程(約100kmある)なので、そのほぼ中間に位置している深浦あたりでは、少々ダレることもある。 そのため、私もこの道を何度も通して走っているが、これまで何とも思わず素通りしていた景色の中に、なかなか他ではお目にかかれないレアな風景があったことに、最近初めて気がついた。 そして、もう来ならば探索に興じるような時間ではなかったのだが、つい寄り道をしてしまった。 それは、この場所。道ばたに小さな建物があるのは、誰の目にも止まるはず。→ しかし、こんなものを素通りするのは超簡単。 車だとほんとうにあっという間である。 それは、弘南バスの広戸(ひろと)バス停だ。 なるほど、小屋の正体は北国の風物詩である

    yamaiga
    yamaiga 2013/04/19
    日本一国道から近い駅?!
  • 【山さ行がねが】橋梁レポート 一般国道342号 祭畤大橋 “廃橋三昧” 

    国道342号は、秋田県横手市と宮城県登米(とめ)市を結ぶ全長約170kmの一般国道で、途中には奥羽山脈を越える標高1100mの須川峠がある。 峠の太平洋側は岩手県一関市にあたり、道はその中心市街地から県境の峠の近くまで、北上川の支流である磐井川に沿って続いている。 沿道には奇岩巨石が林立する厳美(げんび)渓や、厳美温泉、真湯(しんゆ)温泉などの温泉場があり、秋田、岩手、宮城三県を結ぶ観光ルートとしても重要な路線である。 そしてこの途中、市野々原と真湯温泉の間にある祭畤地区で支流鬼越沢を跨いでいるのが、祭畤(まつるべ)大橋である。 祭畤地区の標高は300~350mくらいで、東北自動車道の一関ICから23kmの地点、周囲は山である。 「田へん」に「寺」、見慣れない「畤」という漢字だが、来の読みは「じ」である。字義は「留める」というようなものらしく、熟語の「霊畤(れいじ)」は「神を留める場所」

  • 【山さ行がねが】橋梁レポート 上小阿仁村南沢の廃●●橋

    またしても、 廃橋梁の殿堂入りしそうな橋 が発見された。 そればかりか、“廃の殿堂” 入りの期待も大。 しかし、タイトルの通りこれらは“●●橋”である。 この伏せ字の答えは、現物を近くで見れば即座に明らかとなるが、●●橋には正直指が動かないという御仁もいることだろう。 実はかく言う私も、その傾向があることは否めない。 しかし、タイトルで「パス」をせず、実際にページを開いてくれたあなたの期待には、応えるつもりだ。 このレポートを全て読み終えるまでには、きっとあなたは“予想を越える驚きの光景”に遭遇して、興奮することだろう。 そう予言出来る。 だから、あまりの興奮で思わず奇声を上げてしまった“私の発見の瞬間”まで、しばしお付き合いいただきたい。 【周辺図(mapion)】 “それら”があるのは、秋田県の中央北部に広がる太平山地に米代川の支流である小阿仁川が深く刻み込んだ、大錠(おおじょう)渓

  • 【山さ行がねが】隧道レポート 芋川小松倉隧道(仮称)

    ・このレポートが紹介するエリアはここ→【広域図(マピオン)】 いきなり2枚の地形図をご覧頂いたが、これらは全く同じ範囲を描いたものである。 違いは左が昭和6年版、右が昭和42年版であるということだけだが、いずれも「現在」から見れば、かなり昔の時代の地形図だと言える。 そしてまず注目していただきたいのは、中央のやや下の方に注記された「芋川」という地名だ。 文字のそばには数軒の建物の記号が集まっており、そこが「芋川」という集落であることが分かる。 他にも同じように集落名の注記があり、上の方には「小松倉」、右端には「水沢(澤)新田」が見られる。 次に、矢印の所を見ていただきたい。 それぞれの矢印の先には隧道の記号が描かれているのだが、昭和6年版にあった2の隧道は、昭和42年版ではすっかり消えてしまっていることに注目したい。 そしてその代わりに、遙かに長大な1の隧道が新たに出現しているのであ

  • 【山さ行がねが】隧道レポート 草木トンネル (旧三遠南信自動車道)

    草木(くさぎ)トンネルとは、おそらく日中でここにしかない、 高速道路から一般道路へと転落したトンネルである。 レポートのタイトルにある「三遠南信自動車道(さんえんなんしんじどうしゃどう)」は、その名の通り、三(三河)・遠(遠江)・南信(南信濃)の各地方を結ぶ、我が国の高速道路のひとつである。 今回紹介する草木トンネルとその前後の道は、この三遠南信自動車道の旧道である。 高速道路の旧道といえば、【道路レポート:中央自動車道旧道】もそうだったが、それと大きく異なっているのは、こちらには現道が今のところ存在しないという点だ。 にもかかわらず旧道があることを不思議に思われるかも知れないが、草木トンネルとその前後の道は三遠南信自動車道として建設されたが、その後の計画の変更によって、一般道路に格下げされたのである。 そして、新たな「三遠南信自動車道」はと言えば、まだ完成していない。 現道はないが、旧

  • 【山さ行がねが】道路レポート 早川町新倉集落の“2トン制限一方通行路”

    今回は、私が山チャリの最中に偶然見つけた、とても印象深い道 をご覧頂こう。 所在地は、南アルプスに深く抱かれた、山梨県早川町。 そのほぼ中央にある 新倉(あらくら)集落 である。 新倉集落について、『角川日地名大辞典山梨県編』は、集落人口470人(昭和54年)で「町内で最大の集落」としており、町役場がある薬袋(みない)集落などを差し置いて町内随一の都邑を形成していた事が伺える。(ただし、同書の刊行は昭和59年であり、現在も「町内最大」であるかは不明) 早川町といえば、以前に角瀬トンネル旧道を紹介しているが、あそこから早川沿いに12kmほど奥地へ入った所に新倉集落は位置している。 カシミール3Dを使って新倉集落周辺の鳥瞰図を表示した。 南アルプスのイメージに恥じない、峻険な山々に取り囲まれている事が一目で見て取れる。 集落があるのは早川沿いの低地で、その標高は500m前後である。 対して周

  • 【山さ行がねが】道路レポート 岩手県道212号雫石東八幡平線 網張工区

    平成10年11月18日、この日行われた記者会見の席上で増田寛也・前岩手県知事は、それまで県が進めていた一般県道・雫石東八幡平線の建設の断念を発表した。 この道路の開通が地域発展の起爆剤になると信じていた沿道自治体関係者を中心とする建設推進派にとっては死の宣告にも等しい重大発表であったが、知事は建設断念の理由を次のように述べたという。 県内でも有数の規模のトンネルとなり、莫大な費用を要することから、現在のような厳しい経済情勢下では県民の御理解をいただくことが難しいと考えたところでございます。また、観光を主体とした地域振興上の波及効果が必ずしも明確にならないことや、さらに自然と共生する新しいライフスタイルや21世紀を展望した新たな価値観に対応するためにも、このような選択をしたところでございます。    岩手県議会議事録より抜粋 そしてこの代替策としては、環境庁(現:環境省)と県の合同による「緑

  • 【山さ行がねが】ミニレポート第167回 山形県道252号木地山九野本線 長井ダム付替道路

    2011/7/19 5:25 【周辺図(マピオン)】 直近では去年(平成22年)の10月にも訪問(【レポート】)した「長井ダム」に、今年7月再々訪してきた。 前回はちょうどダムが完成したあとの試験湛水中だったが、今ならもう通常運用に入っているはず。 大勢の工事関係者がいて近付くことが出来なかった「水没旧道」を、あわよくば探索したい。 そんな下心目的を持って、夜明けと共にやってきたわけだが… 果して 肝心の水位は、 どうだったかというと……。 ↓↓↓ ほぼ満水! コナ――イ!! これは、ぜんぜん来ないな。 残念ながら。 これでは、味も素っ気もないただのダム湖ですよね…。 ちなみに、この写真の橋は竜神大橋である。 竜神大橋からは、以前ならば“さまざまなモノ”が見えたのだが…。 【下流(ダムサイト)方向の眺め】 汀線の3mほど上まで緑の木々が茂っているから、現状はほぼ満水位である。 雨が降って

    yamaiga
    yamaiga 2011/09/02
    <ミニレポ-167>謎が謎を呼ぶ、広すぎる路肩の正体は?
  • 【山さ行がねが】ミニレポート第166回 細田手押軌道

    人口30万を誇る東北日海の主要都市、秋田市。 その閑静な住宅地の一角に、「軌道」が存在している。 そんな情報を得た私は、迷わず現地へ向かった。 そして遭遇した!! 明治から昭和中期まで長きにわたり、各地の街角から、遠い山の奥地まで、 色々な場所に敷かれ、慎ましやかにこの国の成長を支えていた、 鉄道全ての原点を感じさせずにおかない、素朴な音と、力強い手触り…。 そこにあったのは、生きている、手押し軌道の姿だった。 動画: シーン1 【遭遇】 2011/6/29 9:47 当サイトお馴染みのミリンダ細田氏の自宅に、軌道が敷設されてる?! しかも、軽快な音を立てながら、目の前で動いている! “朝のゴミ出し輸送”を行っている!! これは、紛れもない現役の軌道だ! 所有者である細田オーナーによれば、軌道は貨物用とのことであるが、 今回特別に許可をいただいての試乗が実現した。 運転士(“車夫”?)

    yamaiga
    yamaiga 2011/09/02
    <ミニレポ-166>現役稼働中の手押し軌道を大発見!
  • 【山さ行がねが】ミニレポート第163回 新潟県道23号柏崎高浜堀之内線 竜光未成区

    2011/5/15 18:05 《現在地》 十二平は、県道23号沿いにある集落の中で唯一小千谷市に属する、芋川谷底の小集落である。 地元では「じょんでぇら」と訛って発音するらしく、わざわざそれだけを刻んだ石碑が立っていた。 この石碑が立っている場所もそうだが、集落内には空き地が妙に目立つ。 単なる過疎の風景とも思ったが、どうやら先の中越地震で大きな被害を受けたことも関係しているようだった。 右の碑の他に「中越大震災之碑」というものがあり、そこには地震に伴う土砂崩れで集落が完全に孤立し、住民がヘリで救出されたということが書かれてあった。 商店はおろか自動販売機さえ見あたらない十二平集落を過ぎると、すぐに1のトンネルが現れた。 そしてその右の道はいかにも旧道らしいが、地形図だと、途中までしか描かれていない。 あまり時間がないの迷ったのだが、とりあえず入口の状態は悪くなかったので、旧道に入って

    yamaiga
    yamaiga 2011/09/02
    <ミニレポ-163>地図上の気になる“ひげ”を探る。
  • 【山さ行がねが】ミニレポート第162回 新潟県道477号荒谷竜光線 荒谷狭区

    新潟県道477号荒谷竜光線は、長岡市川口荒谷(旧北魚沼郡川口町)と魚沼市竜光(旧北魚沼郡堀之内町)を結ぶ全長約9kmの一般県道である。 この路線の沿道には起点の荒谷と中間地点の木沢(旧川口町)および終点の竜光を除いて集落はなく、標高100~350m程度の丘陵地帯を通る山岳路線だ。 しかも、木沢から竜光にかけては未だに車道が開通しておらず、不通のままになっている。 だが、今回紹介するのはこの不通区間ではなく、起点荒谷から武道窪に至る区間で、ここを逆方向に探索した。 道路地図でも普通に県道として表示はされているが、しごく細い線で描かれているのが気になっていた。 県道でありながら、おおよそ幹線道路として活用されているとは思えぬ超ローカル路線には、どんな景色が待ち受けていたのか。 おおいに肩の力を抜いて、お楽しみ下さい。 ちなみに、山古志村を中心に甚大な震災を及ぼした平成16年の中越地震(M6.8

    yamaiga
    yamaiga 2011/09/02
    <ミニレポ-162>マイナーすぎる×狭すぎる 県道。
  • 【山さ行がねが】ミニレポート第161回 山梨県道37号南アルプス公園線 保隧道

    2011/2/16 7:35 【広域地図(マピオン)】 このレポートは、【道路レポ142】の続きである。 とはいえ、同じ日に同じ道の続きとして探索したと言うだけで、“直後”ではない。 【道路レポ142】の終点だった角瀬地区から、県道37号を終点方向へ道なりに進むこと約4kmで、今回スタート地点に到着する。 この間には、早川最大の支流である雨畑(あめはた)川に沿う県道801号雨畑大島線との別れや、昭和31年まで硯島村と都川村の境(現在はともに早川町)であった小さな峠越えがあるが、特記するほどのものは見あたらなかったので、一気にここまでやって来た。 ではここは何かというと、見ての通りの分岐である。 なんの分岐かといえば、新旧道の分岐なのである。 丁字路を右に向くと、ご覧の橋が架かっている。 色褪せた「14t」制限標識が迎えてくれるこの1車線の橋は、草塩(くさしお)橋という。 対岸に見える家並

    yamaiga
    yamaiga 2011/09/02
    <ミニレポ-161>完全に消えた隧道と、痕跡を留める隧道。
  • 【山さ行がねが】隧道レポート 旧山古志村の東隧道

    このレポートは、当サイトが山古志(やまこし)を採り上げる最初のものとなるので、ここで少しだけこの山古志という“オブローダーにとって興味深い地域”の概要を説明しておこうと思う。 山古志を端的に言えば、昭和31年から平成17年まで存在していた新潟県古志(こし)郡山古志村の事であり、現在は長岡市の山古志地区と呼ばれている。 ただし歴史的に見ると、山古志村の地域だけが元々「山古志」と名付けられていた訳ではなく、右図に緑色で示した旧山古志村の範囲の南側に接する小千谷市、旧川口町(現長岡市)、旧堀之内町(現魚沼市)、旧広神村(現魚沼市)のそれぞれ一部地域もともに古志郡に含まれ、山古志の総称の中にあった。 ようするに、旧来の山古志地域(主要な村が20あったことから山古志二十村ともいった)の北側2/3ほどが、最近の山古志村の地域であった。 しかし以後のレポートでは特に注釈しない限り、単に山古志といえば旧山

  • 【山さ行がねが】隧道レポート 掛川市の岩谷隧道

    2011/3/4 12:34 ここは東海道筋の宿場と茶の産地で有名な掛川のはずれにある、何の変哲もない丁字路。 ここが出発地点だ。 「地図」はもうちょっとだけ待ってね。 お目当ての「変なもの!」が出て来たら、すぐに明かします。 うふふふふ。 掛川に住んでる人ってきっと、「東海道」と「茶」の二言だけで掛川の紹介を済ませようとする人のこと軽蔑するだろうな。軽蔑されたくないので、もうひとつだけ掛川ミニ知識。 掛川は「電波ソング」の街らしいぞ!(wikipedia:「掛川市」より)←ホントかい! なにはともあれ、山行が“初”掛川だ~! 現行1/25000地形図にあるトンネル記号を目当てに入ってきたこの道だが、初っ端から狭いのだ。 路面には一応コンクリートの舗装がされているが、その幅は軽トラのタイヤの幅とぴったり一致。 普通車だと、この時点でちょっと怖じ気づくかと思うが、それ大正解。 特にこの先にあ

  • 【山さ行がねが】隧道レポート 大多喜町の共栄隧道

    皆さんは、こんなことをしたことはないだろうか。 ネット上で、一度見たら忘れられないような、奇抜な姿をした隧道を見る。 そしたら、敢えてその場所を積極的に調べようとせずに、 「何度か訪問している内にいつか見つかるだろう」 …と、放っておく。 基的に、道に限らずあらゆる地物は時限付きなので、あまりこういう先送りの泰然主義は、オブローダーとしての成果主義とは相容れない。 しかし何となくそれでも良いかなと思えるような隧道が、いくつかある。 例えば房総半島のように全体が箱庭的であり、しかも自宅からは近く、繰り返し行くことになりそうな場所。 さらに廃道ではなく現役の道だったりして、そこそこ自力でも見つかりそうなものの場合。 それはサブイベント的な楽しみ。 「いつか出会えるかもしれない景色」として、頭の片隅においておく。 今回はそんな隧道のひとつで、しかもとびきり奇抜なヤツに、遭遇することが出来た。

  • 廃道レポート 鋸山の元名石切道

    鋸 山 (のこぎりやま)  [位置[マピオン]] 鋸南(きょなん)町と富津市の境にそびえる山。標高329m。南房総国定公園のうち。第三紀三浦層の砂質凝灰岩が刻まれて、稜線が鋸の刃のようになっていることに山名は由来する。また安房・上総両国を限る山であるところから「限の山」ともいわれている。山頂は昔から東京湾に出入りする船の目印とされてきた。鋸南町側の中腹には僧行基創建(養老7年)の日寺がある。(中略)山頂の十州一覧台の眺望は、東京湾・三浦湾・箱根・富士・関東平野を遠望できる。 山麓の北側には凝灰岩の石切場がある。この石は房州石・金谷石・元名石などと呼ばれ、建築用石材として江戸期から採掘され、明治期には横浜港建設などに30数万が採掘された。明治後期から大正期にかけてが最盛期で、大谷石が出回るようになると次第に衰退、現在の採掘量はわずかである。 浜金谷カラロープウェーが通じ、様々な観光施設が

  • 【山さ行がねが】道路レポート 山梨県道37号南アルプス公園線 角瀬トンネル旧道

    右の地図は、山梨県南巨摩郡早川町の役場がある高住(こうじゅう)地区。 といっても、この地図だけでどこだか分かるという人は、ほとんどいないと思う。 それこそ地元の人か、あとは南アルプスの山々をこよなく愛する人くらいしか…。 大きな地図で見ると、このあたりだ。→【広域(マピオン)】 この早川町というのは、四方を広義の南アルプス山脈、狭義でいえば白根山脈、巨摩山地(櫛形山系)、身延山地に囲まれており、大きな峠を越えずにここへ行く道は一しかないという、日中でも稀な厳しい立地にある自治体だ。 こうした交通の不便ゆえか、或いはもともと山梨県内で最も広大な町域を有していたせいなのか、日一人口の少ない「町」(平成22年12月1日現在人口1228人。平成17年当時日で9番目(州で4番目)に低い人口密度)でありながら、平成の大合併にも呑まずに存続している。 とまあ、早川町を手っ取り早く語るのには、

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