ブックマーク / note.com/planetary_gear (10)

  • 正解に三つの鐘が鳴る――プレイヤーを名探偵にするメカニクスについて|遊星歯車機関

    (文・千葉集) 謎は三つで、死は一つ。 プッチーニ『トゥーランドット』 若し探偵小説界に一人の芭蕉の出づるあらんか、あらゆる文學をしりへに、探偵小説が最高至上の王座につくこと、必ずしも不可能ではないからである。 江戸川乱歩「一人の芭蕉の問題」 解体には向かないジャンルSteamのライブラリからゲームを起動してわたしが操るのは、都市伝説解体センターの新人・福来あざみ。 この女、時はもうアンリアル・エンジンも第五世代という開化の時世であるが、粗めのドット絵で象られている。 彼女には捜査に行き詰まると脳内に住まわせているセンター長に泣きつく悪癖があり、今日もまたリモート勤務のセンター長を呼び出していた。 「なにか事件があったかい」 「まことに天下の大怪異で、SNSは大騒ぎ。わたしらも現場へとび、ジャスミンさんと証言集めをしとります」 いつもながらあざみの話は要領を得ないが、怪異とくれば例外だ。セ

    正解に三つの鐘が鳴る――プレイヤーを名探偵にするメカニクスについて|遊星歯車機関
  • Slay the Spireの子どもたち|遊星歯車機関

    文:xcloche 2026年3月6日、デッキ構築型ローグライクゲーム流行のきっかけとなった『Slay the Spire』の続編、『Slay the Spire 2』(Mega Crit Games, EA2026)が発売された。 無印である『Slay the Spire』(Mega Crit Games, EA2017, 正式版2019)から9年の時を経て発売された新作・Slay the Spire 2は、ナーフによるバランス調整や奇生カエルがキモすぎるなどで話題になりながらもSteam評価は圧倒的に好評、Slay the Spire 2のやりすぎで様子がおかしくなっている人を日々生み出し続けている。 リージェント、面白いよね。俺の虚無化セブンスターズを喰らえ。 が、ゲームメカニクス的な観点で見てみると、実は『Slay the Spire 2』は1と比べたときの変化点はあまりない。マル

    Slay the Spireの子どもたち|遊星歯車機関
  • Don't Runback in Anger――なぜわれわれはソウルライクで理不尽な「やりなおし」を強いられるのか?|遊星歯車機関

    Don't Runback in Anger――なぜわれわれはソウルライクで理不尽な「やりなおし」を強いられるのか? 文・千葉集 You're taking the fun out of everything You're making me run, when I don't want to think Blur, ”There’s no other way” ■ホーネット、おまえ、死んでるところだぞ その苦行には名があります。 いやらしいトラップと厄介な雑魚が配された長く険しいマップをくぐりぬけ、ようやくたどりついたボス戦で死ぬ。そして、チェックポイントに戻され、またいやらしいトラップと厄介な雑魚が配された険しいマップをくぐりぬけて、再度のボス戦に。その果てしないループ。終わりのない地獄。 ランバック、あるいはデスラン。 それが呪いの名です。 フロム・ソフトウェアが呼び戻し、そして再度

    Don't Runback in Anger――なぜわれわれはソウルライクで理不尽な「やりなおし」を強いられるのか?|遊星歯車機関
  • 捜査が「わたし」をつくりかえる:Disco Elysiumにおけるプレイスタイルとナラティブ|遊星歯車機関

    文・murashit 気がつくと、見知らぬ安ホテルの床にパンツ一丁で転がっている。最悪の宿酔い。昨日の記憶どころか、自分が誰なのかさえ思い出せない。鏡を見る。これが自分だって? ほんとうに? 『Disco Elysium - The Final Cut』(ZA/UM, 2021)の幕開けです。 なんだか理不尽な気が……いや、ぼやいたって仕方ありません。あなたは記憶喪失の刑事として、荒廃した街で起きた殺人事件の捜査に着手せねばならない。そして同時に、膨大なテキストとダイスロールによるスキルチェックを通じ、「自分が何者であったのか、そしてこれから何者となるのか」の(再)確立を迫られもする。『Disco Elysium』(以下、DE)はそんなロールプレイングゲーム/アドベンチャーゲームです。 稿ではこれを、ビデオゲームのプレイスタイルすなわちいかに・・・捜査を遂行するかが、ナラティブひいてはア

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  • 今日から始める人のための現代SFインディーゲーム45選+α|遊星歯車機関

    文・千葉集、選・xcloche & 千葉集 わたしはそれを信じます。みなさんもそれを信じるべきなのです。 (トマス・M・ディッシュ、浅倉久志・訳「SFの気恥ずかしさ」) 序論(別記事へのリンク) ↑「SFゲームってどう考えればええんやろね」みたいな序論です。SF界の偉人、角川春樹風にいえば「読んでから見るか、見てから読むか」。別に読まずともOKではあります。 注意書き2025年10月の京都SFフェスティバルの合宿企画において開かれた「SFインディーゲーム談話室」パネル、そこでリストアップした45作品とそれらの属するジャンルを中心に紹介していきます。 各ジャンルの冒頭に示されているタイトルは「談話室」当日に紹介した45に含まれるゲームです。ふだんあまりゲームをやらないSFファン向けに選んだ入りやすいゲームたち(でも蓋を開けてみたら、みんなおもってたよりやってた)。比較的最近のものが多い。約

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  • SFゲームの気恥ずかしさ、あるいはSFインディーゲームへの招待|遊星歯車機関

    文:千葉集 コンピュータゲームは生まれたときからSFを題材にしていた。それはその後も変わってはいない。だが、それは当にSFなのだろうか、という疑問はつきまとう。つまり、SFを題材としたときに、プレイヤーはSFを感じるのだろうか、という疑問だ。 「空想科学ゲームレビュー総まくり いったいコンピュータゲームは空想を科学していたんだろうか」『ログイン 1985年6月号』去る10月にSFコンベンション、〈京都SFフェスティバル〉の合宿企画にて、われわれ遊星歯車機関は「SFインディーゲーム談話室」のパネルを催しました。 最近良かったSFインディーゲーム作品を45ピックアップして60分の持ち時間でひたすら紹介していくという忙しないコマだったのですが、ご来場の皆様のおかげで終始和やかな雰囲気で進行し、大変よろしい雰囲気のひとときを過ごせました。京フェス実行委員会である京都大学SF・幻想文学研究会のみ

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  • 「ゆうしゃ」はなぜ「ゆうしゃ」なのか?:セーブ&ロードの物語論|遊星歯車機関

    文・xcloche 「でも、きみからなにかをとるわけじゃないんだよ」熱意に震える声で彼は言った。 「ただの━━ただの霜がついたガラスみたいなものだ。そこに親指を押しつけたところで、なにかを失ったりしやしない」 ジョン・クロウリー『エンジン・サマー』セーブ&ロードって変じゃない?ビデオゲームにおけるセーブ&ロードとは、どういう機能だろうか? プレイヤーはゲームを中断したいときにセーブし、再開するときにロードする。このように、もっとも用いられるセーブの役割は、栞の機能である。この機能に特化した中断セーブは、セーブしたタイミングでゲームの中断を要求し、そのデータはロードしたタイミングで消滅する(ローグライクなど)。 セーブにはもうひとつ重要な役割がある。チェックポイントの機能だ。ゲームオーバーになったとき、プレイヤーは前にセーブした間近のチェックポイントからゲームを再開できる。 しかし、「全滅/

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  • ままならないゲームたち:プレイヤーに課される不自由さについて

    文・千葉集 うまくあるな きれいであるな 心地よくあるな ――「爆発だッ!タローマン​​」(作詞・藤井亮) べらぼうな自由はあるか ピコピコをやってごらん 遊びはすべて、なによりまず第一に自由な行為だ。命令された遊びは、もはや遊びではありえない。 ヨハン・ホイジンガ『ホモ・ルーデンス』(1938)(*1) 自由。それは、ビデオゲームに求められる奇跡のつぼみ……。 逃避のため、解放感のため、あるいは好奇心のため、プレイヤーは自由を欲します。 とにもかくにも「自由」が大事、という価値観は供給側にも共有されているようで、いまやどのビデオゲームの宣伝文句にも「自由」という単語がおどっている。 たとえば『原神』(miHoYo, 2020)だとこうです。 オープンワールドRPG『原神』。 作であなたは旅人となり「テイワット」という幻想世界を冒険していく。この広大な世界を自由に旅し、個性も能力も豊かな

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  • コラム:テトリスの進化論━━快適な乱数とは何か?|遊星歯車機関

    文・xcloche 棒が来ないので負けました。 テトリスでゲームオーバーになったときの言い訳ナンバーワン。棒がくればもっと続けられたのに。棒、ほしいときに来なさすぎじゃない? テトリスは1984年にソビエト連邦で生まれた、誰もが知る元祖落ちものパズルゲームである。「最も多くのプラットフォームに移植されたビデオゲーム」としてギネス記録にも登録されている。おおよそどんなゲーム機でもテトリスができる。古くてめちゃくちゃ移植されているだけあって、1984年から今にかけてテトリスは静かに進化してきた。あんなゲームの何が進化できるのか? そう、棒が来るようになったのだ。 対戦のテトリス、ぷよぷよテトリス、バイオセンサーを取り付けて心拍に応じて変なピースが落ちてくるテトリス……テトリスの派生メカニズムは数知れずあるが、今回はそこには寄り道しない。これから語るのは、おなじみのあのテトリスの「ピースが落ちる

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  • ビデオゲームの異常な乱数、または私は如何にして心配するのを止めて歪んだダイスを愛するようになったか|遊星歯車機関

    文・murashit 新聞をにぎわせる恐怖が、確率を使って繰り返し語られる。その可能性があるのは、メルトダウン、癌、強盗、地震、核の冬、エイズ、地球温暖化、その他である。恐怖の対象は(たぶん)これらではなくて、実は確率そのものなのである。 イアン・ハッキング『偶然を飼いならす』わたしの目の前のディスプレイには、たしかに「90%」と表示されている。命中率だ、良さそうやね。じゃあ攻撃っと。……外れる。そういうこともある。運が悪かった。もういっぺん試してみよう。攻撃、と。……外れる。まあね、そういうこともある。えらく運が悪かっただけだ。もういっぺん試してみよう。攻撃……と。 外れる。なんやこのクソゲーは! もちろん冷静なあなたなら、1,000分の1程度のできごとなんてふつうに起こりうると知っているはずです。そういうこともある。だから「なんやこのクソゲーは!」と叫ぶわたしのことを、あざわらうのでし

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