明治維新を境に幕臣の運命は暗転した。福沢諭吉の言葉を借りれば「一身にして二生を経るが如く一人にして両身あるが如し」である。 幕臣、福沢は文明開化のイデオローグとなった。彼ほどの教養と知性の持ち主であれば、文明に呼応することをもって、日々のたつきとすることもできた。だが、体制変革を政治、思想の見地からではなく、生計の問題として捉え格闘せざるをえない武士も多くいた。 本著は、幕府瓦解に伴い放逐された下級武士、山本政恒が日々綴った日記をもとに編纂した自分史『政恒一代記』を、大奥をはじめ、江戸に関する書を数多く執筆している著者が解読したものだ。元来あまり着目されてこなかった下士の暮らしから、正史に記述されない歴史の襞を描きだそうとする。 「リストラ戦記」の主人公、山本政恒は天保12年(1841)、江戸の御徒町に徳川家の直臣の三男として生まれた。直臣といっても将軍に拝謁できる資格を持たない御家人であ