『写真週報』206号より 前々から探していた写真をやっと見つけた。記事は、社内で出る弁当の空き箱を再生利用する……という節約記事なのだが、それよりも驚くのは、通路にうずたかく捨てられた弁当の空き箱のキタネエこと。 こんなに汚い列車にはぜったい乗りたくないが、にもかかわらず写真の紳士たちは平然と乗れているのはナゼなのか。ここから「戦前の日本人は公共マナーが全然ダメ」と結論づけるのはやや短絡。そうではなくて、自分で食べた弁当ガラは自分で捨てる――という最低のルールはあくまでも戦後的平等主義の産物であって、戦前の行動規範ではなかったのではないか。ゴミを片づけるのは駅員やゴミ屋・汚穢屋の仕事であって、客は手を汚すものではないという、カースト制度にも似た傲慢な階級道徳があったのではないか――と推測している。 公共道徳は「公共」と名づけられてはいるが、その実は特定の階級・階層内における道徳的規範である