ブックマーク / www.newsweekjapan.jp/ooba (14)

  • ホロコーストは、世界を覆う徹底的な合理化の先駆だった...映画『ヒトラーのための虐殺会議』

    <1942年、ベルリンで1,100万のユダヤ人絶滅政策について話し合う、高官15名による会議が開かれた......> 1942年1月20日の正午、ベルリンのヴァン湖(ヴァンゼー)畔にある別荘に、親衛隊、ナチ党、いくつかの省庁の代表者が集められ、およそ90分にわたる会議が開かれた。主催したのは国家保安部長官のラインハルト・ハイドリヒ。その議題は「ユダヤ人問題の最終解決」だった。 マッティ・ゲショネック監督のドイツ映画『ヒトラーのための虐殺会議』では、このヴァンゼー会議が再現される。この会議の議事録は、1947年にドイツ外務省で発見され、それが現存する会議の唯一の記録になっている。作は、その議事録に基づいて制作された。 但し、その議事録は参加者たちの発言を詳細に記録しているわけではなく、結論をまとめたものなので、会議の実際の流れやその場の空気、誰がどんな発言をし、議論が白熱することがあった

    ホロコーストは、世界を覆う徹底的な合理化の先駆だった...映画『ヒトラーのための虐殺会議』
  • 現代美術の巨匠リヒターの人生とドイツ戦後史に新たな光をあてる『ある画家の数奇な運命』

    現代美術界の巨匠ゲルハルト・リヒターの人生とともにドイツの戦後史に新たな光をあてる...... (c)2018 PERGAMON FILM GMBH & CO. KG / WIEDEMANN & BERG FILM GMBH & CO. KG <現代美術界の巨匠ゲルハルト・リヒターの人生と作品にインスパイアされた3時間を超える長編> デビュー作『善き人のためのソナタ』が多くの賞に輝いたフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督の新作『ある画家の数奇な運命』は、現代美術界の巨匠ゲルハルト・リヒターの人生と作品にインスパイアされた3時間を超える長編だ。 作でまず確認しておきたいのは、映画化に至る過程だ。ドナースマルクは、リヒターの作品だけでなく、人生にも興味を抱くようになったきっかけを以下のように語っている。 「リヒターのの父親が筋金入りのナチで、親衛隊中佐であり、安楽死政策の加害者

    現代美術の巨匠リヒターの人生とドイツ戦後史に新たな光をあてる『ある画家の数奇な運命』
  • 90年代韓国に実在した対北工作員の物語『工作 黒金星と呼ばれた男』

    韓国の異才ユン・ジョンビン監督が、90年代に実在した対北工作員をもとにしたフィクションであり、韓国社会を深く掘り下げた......> 韓国の異才ユン・ジョンビンの新作『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』は、90年代に実在した対北工作員をもとにしたフィクションであり、韓国社会を深く掘り下げながらも、社会性と娯楽性を両立させてしまうこの監督ならではの巧みな話術が際立っている。 その導入部では、陸軍の少佐だったパク・ソギョンが、安企部(国家安全企画部)のチェ・ハクソン室長にスカウトされ、北朝鮮の核兵器開発の実態を探るために、工作員"黒金星(ブラック・ヴィーナス)"へと変貌を遂げていく。軍を辞めた彼は、韓国に潜入している北の工作員の目を欺くために、酒を飲み歩き、借金を重ね、自己破産し、事業家に生まれ変わる。 やがて北京に現れた黒金星は、やり手の事業家を演じつづけ、北京に駐在する北

    90年代韓国に実在した対北工作員の物語『工作 黒金星と呼ばれた男』
  • 「ホロコーストはなかった」とする否定論者との闘い 『否定と肯定』

    <ユダヤ人の女性歴史学者とホロコースト否定論者が2000年ロンドン法廷で対決した実話。真実を守ることがますます難しくなってきている現在について考えるヒントも与えてくれる> ミック・ジャクソン監督の『否定と肯定』の物語は、ホロコーストの真実を探求するユダヤ人の女性歴史学者デボラ・E・リップシュタットと、イギリスの歴史作家で、ホロコーストはなかったとする否定論者のデイヴィッド・アーヴィングが、法廷で対決した実話に基づいている。 この裁判の発端になったのは、リップシュタットが93年に発表した『ホロコーストの真実――大量虐殺否定者たちの嘘ともくろみ』だ。ホロコースト否定論者たちが歴史を歪曲する手口やその動機を掘り下げた書には、アーヴィングも取り上げられていた。これに対してアーヴィングはリップシュタットと出版社を名誉毀損で訴え、数年の準備期間を経て2000年にイギリスの王立裁判所で裁判が始まった。

    「ホロコーストはなかった」とする否定論者との闘い 『否定と肯定』
  • 五体投地で行く2400キロ。変わらない巡礼の心、変わりゆくチベット

  • 麻薬と貧困、マニラの無法地帯を生きる女の物語『ローサは密告された』

    <麻薬と貧困と腐敗しきった警察。ドゥテルテ大統領登場前夜のマニラのスラム街の混沌を描く> 昨年の6月に就任したフィリピンのドゥテルテ大統領は、選挙公約を実行に移し、麻薬犯罪者の殺害を容認するような苛烈な麻薬撲滅戦争に乗り出した。2005年のデビュー以来、フィリピン映画界を牽引しつづけるブリランテ・メンドーサ監督の新作『ローサは密告された』では、麻薬の問題が取り上げられている。この映画の企画が動き出したのは前政権の時代なので、現在の麻薬戦争に迫る内容ではないが、その背景が独自の視点と表現で掘り下げられている。 主人公のローサは、夫とともにマニラのスラム街の片隅でサリサリストア(雑貨類を販売するコンビニのような店)を営んでいる。夫婦には4人の子供がおり、彼らは苦しい家計の足しにするために少量の麻薬を扱っている。ところが、いつもと変わらないように見えたある土曜日の晩に突然、警察に踏み込まれ、麻薬

    麻薬と貧困、マニラの無法地帯を生きる女の物語『ローサは密告された』
  • インドの理不尽な裁判を舞台に社会の分断を描く『裁き』

    <自殺を扇動する歌を歌ったという不条理な容疑で逮捕された民謡歌手と、裁判官、検事、弁護士の私生活から、インド社会の分断が浮かび上がる> インドの新鋭チャイタニヤ・タームハネー監督の『裁き』は、ヴェネチア国際映画祭でルイジ・デ・ラウレンティス賞(新人監督賞)と先鋭的・革新的な映画を発掘するオリゾンティ部門の作品賞のW受賞を果たした。原題の"COURT"が示唆するように、法廷を中心に展開するこの映画は、まさにそんな賞に相応しい作品といえる。 容疑者に仕立て上げるための裁判 映画の舞台となるムンバイの下級裁判所で裁かれることになる被告は、65歳の民謡歌手ナーラーヤン・カンブレ。彼は、下水掃除人を自殺へと駆り立てた自殺幇助の罪で起訴される。彼はスラムで行なわれた公演で、下水掃除人は自殺すべきだという扇動的な歌を歌い、その2日後にスラムに暮らすパワルという下水掃除人が下水道で自殺したというのだ。 そ

    インドの理不尽な裁判を舞台に社会の分断を描く『裁き』
  • イランを生きる男女の深層心理を炙り出すアカデミー受賞作『セールスマン』

    <ベルリン国際映画祭で史上初の主要3部門での受賞を果たした『別離』など輝かしい経歴を持つ名匠、アスガー・ファルハディ監督の新作は、現代のイランを生きる男女の深層心理を炙り出す> 先日は、ジャファル・パナヒ監督の『人生タクシー』を取り上げた。そのパナヒとともにイランを代表する監督でありながら、パナヒとは対照的な地位を築き上げているのが、アスガー・ファルハディだ。 【参考記事】タクシー運転手に扮して、イラン社会の核心に迫った:『人生タクシー』 パナヒは、その作品が何度もイスラム文化指導省の検閲制度によって国内での上映を禁じられ、さらには政府に対する反体制的な活動を理由に、2010年から20年間の映画製作・海外旅行・マスコミとの接触禁止を命じられている。これに対してファルハディは、ほとんど妥協することなく検閲の制約を乗り越え、発表する作品が次々とメジャーな映画祭やアカデミー賞で受賞を果たしている

    イランを生きる男女の深層心理を炙り出すアカデミー受賞作『セールスマン』
  • 変化するチベットと向き合う個人を鮮やかに描く:『草原の河』

    改革開放以後の中国の現状を背景として、3世代の家族の複雑な関係が描き出される『草原の河』。(C)GARUDA FILM <チベット高原で半農半牧の生活を営む3世代の家族の複雑な関係が描き出される、日で初めてのチベット人監督による劇場公開作品> ソンタルジャ監督の『草原の河』は、日で初めてのチベット人監督による劇場公開作品になる。チベット人が自分たちの言葉で表現するチベット映画の先駆者ペマ・ツェテンと親しかったソンタルジャは、彼に勧められて映画の道に進み、美術監督や撮影監督としてチベット映画人の第1世代の重要なメンバーとなり、『陽に灼けた道』(11)で監督デビューを果たした。 シンプルに見えるが、明らかに平凡なリアリズムとは違う ソンタルジャにとって長編第2作となるこの『草原の河』では、改革開放以後の中国の現状を背景として、3世代の家族の複雑な関係が描き出される。舞台は監督の故郷でもある

    変化するチベットと向き合う個人を鮮やかに描く:『草原の河』
  • 英国の緊縮財政のリアルを描く『わたしは、ダニエル・ブレイク』

    イギリス政府の緊縮財政政策に対する痛烈な批判が込められている。(C) Sixteen Tyne Limited, Why Not Productions, Wild Bunch, LesFilms du Fleuve,British Broadcasting Corporation, France 2 Cinema and TheBritish Film Institute 2016 ケン・ローチ監督が引退宣言を撤回して作り上げ、カンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた『わたしは、ダニエル・ブレイク』には、イギリス政府の緊縮財政政策に対する痛烈な批判が込められている。 2010年に誕生したキャメロン政権は、財政赤字削減の公約を実行するために福祉予算などを大幅に削減し、貧困層の生活状況がより悪化することになった。 滑稽にすら見える福祉事務所職員とのやりとり ニューカッスルを舞台にしたこの映画

    英国の緊縮財政のリアルを描く『わたしは、ダニエル・ブレイク』
  • よみがえったヒトラーが、今の危うさを浮かび上がらせる

    『帰ってきたヒトラー』(C) 2015 MYTHOS FILMPRODUKTION GMBH & CO. KG CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH <現代にタイムスリップしたヒトラーがモノマネ芸人として大ブレイク。何も変わらないヒトラーは、全てが変わった現代社会で、再び民衆の支持を集め始める...> ヒトラーが現代に甦り、モノマネ芸人として大ブレイク 独裁者アドルフ・ヒトラーが現代のドイツに甦り、モノマネ芸人と誤解されてテレビの世界で大スターになっていく。そんな大胆不敵な小説が2012年にドイツで出版され、ベストセラーになった。著者は大学で歴史政治を学び、ジャーナリストやゴーストライターとして活動してきたティムール・ヴェルメシュ。日でも2014年に『帰ってきたヒトラー』として出版された。 デヴィッド・ヴェンド監督の『帰ってきたヒトラー』は、物議も醸したこのベ

    よみがえったヒトラーが、今の危うさを浮かび上がらせる
  • 音楽も、サッカーも禁じられ、歌を歌った女性は鞭で打たれたマリ共和国の恐怖政治

    『禁じられた歌声』。2012年に西アフリカ・マリ共和国の北部が複数のイスラム過激派組織に制圧された事件を題材にした劇映画 フランスのセザール賞で最優秀作品賞をはじめとする7部門を独占したモーリタニア映画『禁じられた歌声』は、2012年に西アフリカ・マリ共和国の北部が複数のイスラム過激派組織に制圧された事件を題材にした劇映画だ。 舞台となる古都ティンブクトゥは、イスラム過激派のジハーディストに占拠され、住民たちは極端な解釈を施されたシャリーア(イスラム法)に基づく恐怖政治に支配されていく。音楽、たばこ、サッカー、不要な外出などが次々に禁じられ、不条理な懲罰が繰り返される。歌を歌った女性は鞭で打たれ、事実婚のカップルに対して公開処刑が行われる。 そして、恐怖政治の暗い影は街外れに暮らす牛飼いの男とその家族にも忍び寄る。キダンは、のサティマ、娘のトヤ、孤児の少年イサンとともに質素なテントで平穏

    音楽も、サッカーも禁じられ、歌を歌った女性は鞭で打たれたマリ共和国の恐怖政治
  • 30年間贋作を制作し、資産家や神父を装って美術館に寄贈し続けた男

    『美術館を手玉にとった男』は、とんでもなくユニークな贋作者を題材にしたドキュメンタリーだ。事の発端は、2008年にオクラホマシティ美術館のレジストラー(情報管理担当者)、マシュー・レイニンガーが、マーク・ランディスなる人物によって寄贈された作品が贋作だと気づいたことだった。彼は他の美術館に問い合わせるなど調査を始め、驚くべき事実が明らかになっていく。ランディスは30年にわたって多様なスタイルを駆使して贋作を制作し、資産家や神父を装って美術館を訪れ、慈善活動と称してそれらを寄贈していた。騙された美術館は全米20州、46館にも上った。 ともに美術界にバックグラウンドを持つふたりのドキュメンタリー作家が、「ニューヨーク・タイムズ」の記事でランディスのことを知ったとき、事件の背景はまだ解明されておらず、謎に包まれていた。そこで彼らはランディスに接触し、その実像に迫っていく。 『美術館を手玉にとった

    30年間贋作を制作し、資産家や神父を装って美術館に寄贈し続けた男
  • 2本のドキュメンタリー映画で写真の可能性を考える

    ブラジル出身の写真家セバスチャン・サルガドは、40年にわたって戦争、難民、虐殺など、世界の過酷な現実と向き合い、壮大なスケールで浮き彫りにしてきた。サルガドのファンを自認するヴィム・ヴェンダースとサルガドの息子ジュリアーノ・リベイロが共同で監督したドキュメンタリー『セバスチャン・サルガド / 地球へのラブレター』では、生い立ちから写真家としての変遷、家族、そして故郷の森林を再生させる活動まで、サルガドの足跡が多面的に描き出される。 アフリカのサヘルの飢饉やルワンダの大虐殺といった過去の作品については、写真と当時の状況を語るサルガドの姿が重ねられる。さらにこのドキュメンタリーの撮影時には、「ジェネシス」という新たなプロジェクトが進行している。それはダーウィンの足取りを辿ることをコンセプトにしたプロジェクトで、地球上に残された秘境に分け入るサルガドをカメラが追いかける。 ここで思い出しておきた

    2本のドキュメンタリー映画で写真の可能性を考える
  • 1