現在の宇宙の標準モデルでは,私たちの宇宙は粒子が狭い空間に一様に詰め込まれた状態から始まり,星や銀河でムラのある現在の姿を経て,やがてはほとんど何もない空っぽな空間になるとされている。なぜ宇宙の過去と未来はこんなにも大きく違うのだろうか? しかも,宇宙の振る舞いの根底にあり,極微の世界を記述する物理法則は,過去と未来を区別しないのに。 オムレツは元の卵には戻らず,コーヒーとミルクが勝手に混ざることはあっても,自然と分離することはなく,昔のことは覚えていても,未来のことは覚えていない。日常生活には過去から未来を向く「時間の矢」が確かにあるように思われる。時間の矢は「熱力学第2法則」(エントロピー増大則)と関係しているものの,それだけでは宇宙の過去と未来が明らかに違うことを説明することはできない。なぜ初期宇宙として高温・高密度で一様な状態,すなわち異常にエントロピーが小さく特殊な状態が選ばれた