昆虫の家畜カイコをめぐる旅もいよいよ佳境へ(笑)。先月の上州に引き続き今月は信州に行ったのだが、その話をする前に、8月の日記で予告?した「富岡製糸場」への疑問を書いておこうと思う。 富岡製糸場東繭倉庫のアーチに掲げられた明治5年の竣工年。今回は文字が多いので写真はサムネールで挿入。クリックで拡大。 富岡製糸場の保存展示や世界遺産登録運動に関わっている人達は(もちろん全てではないが)、ここ何年もの間「富岡製糸場に女工哀史は無かった」ということを強調してきた。おかげで富岡製糸場を紹介する旅行者のブログやサイトには「富岡製糸場に女工哀史は無かったらしい」という記述が数多く見られるようになった。でもちょっと調べれば「女工哀史は無かった」などといえないことが分かるだろう。 以下は女工哀史がなかったとする地元の発言の一つ、富岡製糸場世界遺産伝道師協会会員の岩井建造氏のインタビュー記事である。岩井氏はボ