道雪 葵 @michiyukiaporo 小1の時に1+1がどうして2になるのかわからなくて、強迫神経症になった話の漫画です。ギャグみたいだけど当時はほんっとにつらかった。 この時、私に自信と「忘れてもいい」「間違ってもいい」を教えてくれた先生には今でも助けられてるなあと、ふと思い出して描きました。#漫画 #強迫神経症 pic.twitter.com/kVf67vgpdY 2017-03-15 19:59:19
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まずタイトルがライトノベル風で長い。表紙もご覧の通りやはりライトノベル風というか漫画本という感じで、およそ「哲学」という言葉から連想される難解さは微塵も感じさせない。そこが本書の大きな魅力のひとつでもある。 スポンサーリンク 表紙の帯に「哲学エンターテインメント小説登場 !!」とあるように、この本は小説だ。 主人公は17歳の女子高生「児嶋アリサ」。 舞台は京都の町。そしてあの「ニーチェ」が現世に登場する。そう、タイトルのまんまの展開である。 すでにスタートラインからして分かり易すぎる。 本書に登場する哲学者はニーチェだけではない。ニーチェによってアリサのために現世に召喚された哲学者がニーチェの他にも5人登場する。 本書に登場する哲学者はニーチェも含めて次の6人。 フリードリヒ・ニーチェ セーレン・キルケゴール アルトゥル・ショーペンハウアー ジャン=ポール・サルトル マルティン・ハイデガー
こんにちわ。さとういもこです。 ブログの存在を知っているリアル知人から、 「夫さんあまり登場しないね?」ってたまに言われます。 居るのが当たり前なので、画面上は省かれていますが、 ちゃんと介護にも子育てにも関わってくれていますよ! 最近はわたしが子育て中心になってしまっているぶん、 サトコの介護は彼が中心になってやってくれています。 彼の名誉のためにも、今回は夫の活躍について書いてみようと思います。 食事の量と病気の回復 サトコの入院において大きな問題は 食事の量がいっこうに増えないことです。 多くて3割、少ないと1〜2口ぐらいで済んでしまうそう。 入院の原因である肺炎はほとんど治っているのに、 体力が戻らなくて退院できないといった状態なのです。 もともとサトコは食べるのが遅いうえに 箸やスプーンを持ち替えるたびに休憩してしまいます。 認知症による「意欲の低下」は食欲にも作用するのかもしれ
ここしばらく盲腸を拗らせて入院していた中学時代の友人が、やっと完治して退院したとの連絡が入ってきたので、先週の土曜日はその友人の快気祝いをしておりました(笑)!!! とりあえず、午後二時にJR錦糸町駅で待ち合わせ。この近くに、友人がどうしても入りたいお店があるとのこと、まずはそのお店を目指します。えっと、『タイランドショップ』……「ショップ」って食材屋さんじゃないのですか? このお店の住所は、墨田区錦糸三丁目七番地五号。四ツ目通りから、細い路地をちょっと入った場所ですが、通りから『錦糸公園』が見えますので、その近辺を目印にすると見つかりやすいかと思います。 扉の上には「タイ国輸入食材販売」と書かれていましたが、扉脇にはお食事メニューが貼られていたのでひと安心、さっそく店内に入ってみましょう。 で、店内に入って納得したのですが、食事用のテーブルの奥には、いろいろなタイの食材が積まれた冷蔵のガ
2017 - 03 - 16 200記事到達とブログを続ける事 ブログ-ブログの事です! ブログ 先日の記事で当ブログの記事数が200となりました。 月並みではありますが、読んで頂いている方があってのブログです。 誰にも読まれなければ書いている本人も飽き、インターネットの波間に消えていったかもしれません。 本当にありがとうございます。 200記事を迎えて 節目を迎える度に思いますが、ブログを書き始めた当初はヘタレな自分がどれだけ続けられるか大いに疑問だった。 以前は文字通り三日坊主でいくつかブログを書いては放置する事を繰り返していた。 ブログ、と言うか”書いて表現”する事を覚えたのは中学生の頃。 鉛筆と大学ノートで文章を書いて友達と読み合っていた当時は、改行ほぼ無し・誤字脱字有り・行間もぎっしり、と言う これは古文書か? と言ったら逆に失礼に当たる様なシロモノでした。 そんな古文書を書き綴
あなたが今までに鑑賞した映画作品の中で最も多いのは、どこの国で製作された映画だろうか? ぼくは生粋の日本人だけれど、観ている映画の数で言えば圧倒的にアメリカ映画が多いと思う。 そしてかつては香港映画とか中国映画とかもけっこう観ていたし、まあ今でも気になった作品は見るけど、あとはフランス映画とかロシア映画とかもたまに観るし、なんだったら北欧の国々の映画も観たりするし、でも昨今の日本映画は他国の映画作品に比べたらほとんど観ていないに等しいような気がする。 そして、反対にあまり観たことのない国の作品もある。 例えばインドとか東南アジアとか、アフリカとか、中近東とか、けっこうたくさんある。 日本だとやはりアメリカ映画の影響とか勢力が圧倒的に強いので、映画というとアメリカ映画のスタイルを思い浮かべがちだし、そういう先入観で見知らぬ他国の映画を観たりすると、良かれ悪かれけっこうなカルチャーショックを受
私(@mogtan1984)です。どーも。 にわかに、すごく、名前を、変えたい。 ……だって、自分で「もぐたん」って……なにそれ! アラサー生活8年目にはきっつ―! ですよ。 — もぐたん@はてなブログ (@mogtan1984) 2017年3月16日 そうなの。きっつーなの。 https://www.nikkiji-r.com/entry/2016/08/11/205600 ゆるいの99記事記念の時にちらりと書いたけど、すんごいテキトーにつけたのね。 「もぐたん」て。 なんか、旧にっきじと別の名前ならなんでもよかったんだよ。 でも、意外と「ゆるい」が頑張っちゃってくれて、コメントとか、SNSとかで絡んでくれる人も増えてきて、 「もぐたんさん!」て、声をかけられるたび、大変申し訳ない思いをしているんだよ。 今日はそんな「わたしのなまえ」についてぼやきます。 スポンサーリンク 「もぐたん」に
「伝聞と嘘とほんとうの話」として、はてなダイアリー時代から長きにわたり多くの読者を魅了しているブログ『傘をひらいて、空を』。今回は、著者の槙野さやか(id:kasawo)さんにメールインタビューしました。ブログを始めたきっかけや影響を受けた作家、そして文章に関することなど、ブログにまつわるさまざまなことについて伺いました。ぜひご一読ください。 (取材・構成:はてなブログ編集部) 槙野さんの手元にある本。満足するまで読んだ本は人にあげるのだそう 誰もが人の目に触れうる場で書けること、それを長く残せることが、大きな価値 ーーはてなブログ(はてなダイアリー)を始めたきっかけについて教えてください。 文章を書くことは、子どもの頃から生活習慣の一部でした。当時は反古紙の裏にする落書きでしたが、PCを持つようになり、書いたものが手元に残るようになりました。ずっとひとりで書いていましたが、「これは他人が
#コンビニはエロ本を売らずにおむつを売れ をまとめました - Togetterまとめ 結論としては「エロ本に親を殺されたので発狂してエロ本を殺すためなら全てを殺す復讐の鬼となったキチガイおフェミフェミの寝言」もしくは「想像のみで適当な話を拡散するゴミの妄言」または「近所のコンビニがショボいだけの井の中のカスの体験談」だったわけですが。 売ってる方が特別なのかと思ったけど売ってるという声が結構あったので単に店のチョイスが悪いだけじゃねえのと思っている。 エロ本云々言ってるのはキチガイおフェミフェミなのでおむつをスケープゴートにして自説をぶん回すんじゃねえよポリコレ棒で頭ふっとばすぞ的な感想しかない。 それよりもコンビニでおむつ探してウロウロしてあったあったと思いほほう色々種類があるのだななどと考えながらじっくり見ていたところ真横に女性用ストッキングやら生理用品がズラッと並んでいることに気づき
マンガと文章: 小島アジコ 横浜以南で子育てに便利な街、辻堂 小島アジコです。2人の男児の育児中です。今日は、家族でよく行く街、辻堂についてご紹介します。 辻堂駅前は近年再開発が行われているエリアで、特に、2011年に「テラスモール湘南」がオープンしてからは非常に便利な場所になりました。 とくに「テラスモール湘南」がすごい! テラスモール湘南の中には、他にも、子ども向けの教室があったり、写真撮影のできるスタジオがあったりと、買い物や食事だけでない、さまざまな店舗が入っています。映画館もあり、休日を過ごすには最適です。 妻はビル外のお店が並ぶ小道にあるBiggyというパン屋さんや、モール1階「湘南マルシェ」の澤光青果、肉の石川が特に好きなようで、辻堂に出ると必ず袋を下げて帰ってきます。 次男が辻堂の病院に入院したときのこと この後、次男(プーちゃん)は無事退院しました。辻堂は医療施設も充実し
昨日はブログを休んでしまった。 真面目な話し、グーグルアドセンス(広告報酬)という人参をなくして、僕のモチベーションは消えてしまった。がんばって書けばいいじゃない、と、そう思うかも知れないけど、がんばったら人間オシマイなんだよ。 即興のリリックで1万ピーブイの慈雨を降らせる。それがクールなブログってもんだよ。努力なんて、誰にだってできる。努力なくして報酬を得るのが難しいんだ。僕は、困難な道にチャレンジしたい。あえてね。 それはともかく、今までふつうにあった日常が、ふとした拍子に変わってしまうのは、よくある話で、僕はわりとそんな変化を歓迎してきた。 退屈な日々をビビットカラーに変えてくれる、変化という名のメタモルフォーゼを待望していた時期もある。それが、最近、どうも受け入れられない。 ボーナスカット直近の変化は、ボーナスのカット。社長が交代して、業績不振が理由のカットになのだけど、その後、無
僕が21歳まで住んでいた実家は隣家が何百メートルも離れていて周りは田んぼだけ、近くの山にはクマ注意の看板があるようなド田舎でした。 もちろん近くにコンビニなんてものもあるわけなく、車で15分くらい走らないとスーパーすらないです。(自転車こいで15分くらいのところにお婆さんが切り盛りする潰れそうな個人商店がぽつねんと存在する) 小学校時代は同学年が自分を入れて3人、6年生になったときは全校児童が21人だったので卒業してから数年で閉校になりました。 児童数が少ないと運動会とか学芸会の行事がすごく大変なんですよ。 ほとんど出っぱなしです。 演劇なんてどんだけセリフあんの?って感じです。 授業は少人数でわかりやすかったんですけど、やっぱり幼少期は大勢の中で揉まれて育ったほうがいいような気がしますね。 少なすぎてほとんど協調性が育まれなかった気がします。 体育の団体競技なんて物理的に不可能だったので
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