幕府禁制の日本地図を持ち出そうとして、ドイツ人医師シーボルトが国外追放になったのは1828年のことでした。 で、あまり知られていませんが、そのシーボルトは30年後の1859年に再び来日しています。そのときは息子アレクサンダー・フォン・ジーボルトと一緒でした。 アレクサンダーはまだ10代で、どうしても肉が食べたいのですが、肉食禁止の日本ではもちろん牛や羊の肉は売っていません。豚肉はあったようですが、いまいち魅力を感じなかったので、被差別部落の人間から牛肉を手に入れます。 《彼は2、3日後に肉を細長く切って持ってきて、信じられないほど安い値段で売ってくれた。それで父と相談してスープとビーフステーキを作ったが、味は故郷で食べたのとは全然違っていた》(『ジーボルト最後の日本旅行』) 牛の味がまったく違った理由は、後日判明します。売ってもらったのは死んだ牛の肉だったのです。当時の日本では屠畜が禁じら