十月の十三日と十四日の二日間にわたって東京の浜離宮朝日ホールで行なわれた、アンナー・ビルスマのバロック・チェロによるバッハの《無伴奏チェロ組曲》の全曲連続演奏会は、私にとってこの上ない体験の場となった。私は、過去二十年余りにわたってビルスマによるバッハの組曲を、幾度となく聴いてきたし、そればかりか、たび重なる来日の折毎にチェンバロあるいはフォルテピアノで彼と共演し、その度に、バッハの無伴奏組曲のことが何らかの形で話題にのぼらぬことはなかった。アムステルダムの彼の家に泊まって、真夜中に、彼のバッハの練習に立ち会ったことも一度や二度ではない。私の知っている限りの音楽家のレパートリーの中で、ビルスマの弾くバッハの組曲ほど私にとって親しいものは他に例がない。そんなに長い付き合いをしているにもかかわらず、彼の弾くバッハの組曲が、今回ほど新鮮に響いたことはなかった。この素晴らしい組曲群が、今まさに創ら
バロック時代の合奏曲においては、オーボエは欠かせない楽器で、代表的な木管楽器であった。バッハも早くからカンタータのオーケストラや、ブランデンブルク協奏曲の第1番や第2番で編成に加えていた。しかしこれが室内楽になると、オーボエを独奏楽器とする作品はなく、作曲はしていたが現在は残っていないのかどうかは分からない。今回はバッハがフルート等のために作曲したソナタを、オーボエで演奏した曲4曲を収録したCDを紹介する。 . . . 本文を読む
Bach: 6 Solo Sonatas & Partitas Onyx 4040 演奏:Viktoria Mullova (Violin) バッハの「無伴奏ヴァイオリンのための3ソナタとパルティータ」(BWV 1001 - 1006)の自筆譜と作品の成立については、すでに「無伴奏ヴァイオリンのための作品の最高峰、バッハのソナタとパルティータ」で触れた。3つのソナタは、いわゆる「教会ソナタ(Sonata da chiesa)」形式で、緩-急-緩-急の4楽章構成、さらに第2楽章はフーガ、第4楽章はAABBの2部形式を取っている点でも一貫している。第2楽章のフーガは、旋律楽器での演奏という高度の技巧を要する曲で、3弦、時には4弦で、各声部の動きを表現することを求められる。一方3曲のパルティータは、それぞれ異なった楽章構成を取っている。パルティータ第1番は、アレマンダ、コレンテ、サラバンデ、テム
音楽批評家の小沼純一氏による、対話形式で書かれたバッハとその作品「ゴルトベルク変奏曲」についてのエッセイ。全部で30ある変奏全てについてあれこれ書かれていたのは面白かった。 ゴルトベルク変奏曲と言われてもすぐにピンと来ない方もいるだろうが、この曲は割と人気曲で、映画などにもちょくちょく出てくる。とくに有名なのは冒頭部分のアリア(と、ゴルトベルクに新たな解釈を加えたグレン・グールド)。 バッハの生きた時代背景をいろいろと探りながら、バロック音楽とは何だったのかを語った下りが大変興味深かった。 バッハの生きていた時代に書かれた幾つかの思想・文学作品を見てみると、おもしろいことがわかる。恣意的だけれど、こういったものを挙げておこう── 1667年 ミルトン『失楽園』 1675年 スピノザ『エチカ』(完成はさせるが、すぐに出版はしない) 1719年 デフォー『ロビンソン・クルーソー』 1726年
幼少時にヴァイオリンを習っていた。最初は子どもでも弾けるモーツァルトやシューベルトの小品をあてがわれ、ピアノ伴奏に合わせて発表会などで演奏したものだったが、次第にバロック時代の作品、わけてもバッハに興味を持つようになっていった。小学生低学年の頃の話だ。なぜなら、音楽室にズラリと並べられていた作曲家たちの肖像画のもっとも先頭部分にバッハが鎮座していたからである。もしかしたらヘンデルが先頭だったかもしれないが、なんにせよピンときたのだろう。バッハはチェンバロやオルガンを用いた器楽曲の方を音楽の時間でも先に聴かされていたが、その後、『ドカベン』を愛読するようになっていたことも奏功し、G線だけで弾ける曲ならすぐに弾けるようになるのではないかと、どうしても「G線上のアリア」を弾いてみたくなりヴァオリン教室の先生に頼んでトライをしてみたのだ。だが、本作では12曲めでダニエル・ホープがとりあげているこの
大バッハの作品目録(BWV番号)に管弦楽組曲は5曲あります。 その5曲は次の通りです。 第1番 ハ長調 BWV1066 第2番 ロ短調 BWV1067 第3番 ニ長調 BWV1068 第4番 ニ長調 BWV1069 第5番 ト短調 BWV1070(偽作) 第5番のト短調組曲は,作曲様式が大バッハとはまったく異なっており,次世代の様式です。 この曲は,長男のヴィルヘルム・フリーデマン・バッハの作曲とされています。 なので,大バッハの真作は4曲だけです。 さて,それはそれとしても,イ短調の組曲はやはり作品目録にありません。 実は,第2番のロ短調組曲は,原典の楽譜をよく調べてみると,イ短調の原曲から移調編曲した際の臨時記号の誤りが痕跡として見つかるのだそうです。 さらに,ロ短調組曲のフルート(フラウト・トラヴェルソ)のパートは,大バッハの他のフルート・パートと比較して音域が低くフルートらしくない
午後、京都コンサートホール。非常に素晴らしい公演だったと思うのですが、「えっ?」と思う意見をいくつか見かけたので私なりの感想をまとめてみたいと思います。 この公演のポイントは、「図」と「地」の逆転ということではないかと私には思えました。 第一に、演奏会ではあるけれど、音楽が主、言葉が従「ではない」という姿勢が一貫していたということ。第1部と第2部に先だって聖書などの朗読が行われたのは、教会での礼拝がそうであるように、音楽という「歌われる言葉」を、朗読という「語られる言葉」とともに提示しているように見えました。これは、受難曲を(バッハの)「音楽」に言葉が付随したものとしてではなくて、イエスの受難に関する「言葉」に音楽的抑揚のついたものとして受け止めるための仕掛けだったのではないでしょうか。 「はじめに言葉ありき」という有名なヨハネ福音書の一節が読み上げられたあとに、オーケストラの混沌のなかか
Johann Sebastian Bach: The Brandenburg Concertos Accent ACC 24224 演奏:La Petite Bande, Jean-François Madeuf (Natural brass instruments without pistons), Sigiswald Kuijken (Director) aeternitasさんの「一日一バッハ」の2012年3月12日の投稿から紹介されたこのCDは、Accentレーベルで新に録音された、ラ・プティット・バンドの演奏による「ブランデンブルク協奏曲」(BWV 1046 - 1051)全曲である。ラ・プティット・バンドは、同作品を、1993年5月と1994年1月に分けてドイツ・ハルモニア・ムンディ(DHM)に録音を行い、CDで発売されていた。この録音に於いて、第2番は「適切な(proper)
J. S. Bach: Brandenburgische Konzerte BWV 1046 - 1051 Deutsche harmonia mundi 05472 77308 2 演奏:La Petite Bande, Sigiswald Kuijken バッハは、「6曲の様々な楽器をともなう協奏曲(Six Concerts Avec pluseurs Instruments)」と言う標題を付けた自筆譜を作製し、フランス語の献呈文に1721年3月24日の日付を記して、ブランデンブルク辺境伯、クリスティアン・ルートヴィヒに贈った。この献呈文は「2年ほど前に、私はご用命により閣下の御前にて演奏をする光栄に浴しました」という文章で始まる。この「2年ほど前」は、フランス語で”il y a une couple d’annés”と書かれており、これを「2~3年前」あるいは「何年か前」と解釈する説
大型の擦弦楽器を担いで演奏する姿の図。コロンビアの寺神戸亮演奏のバッハの無伴奏チェロ組曲全曲のCDに関連したスペシャルコンテンツ掲載の図。 最近古楽の世界の一部で、ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ(Violoncello da spalla)と言う楽器が話題となっている。日本では、ヴァイオリン奏者の寺神戸亮が、この楽器で演奏会を行い、最近バッハの無伴奏チェロ組曲全曲を録音し、デノン・レーベルから発売された。寺神戸はこのCDの解説書や自身のブログなどで、この楽器について述べ、バッハは無伴奏チェロ組曲を、バッハが発明したと言われるヴィオラ・ポムポーサ=ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラで演奏することを想定して作曲した可能性があるとまで主張している。寺神戸は、ヴィオール属の楽器の一つ、ヴィオラ・ダ・ブラッチョから現在のヴァイオリン属の楽器が生まれた過程で、様々な名称が使われ、その中のヴィオロンチェロ・
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