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2005年12月24日のブックマーク (8件)

  • http://mizuno.paslog.jp/article/193011.html

  • 汝の隣人のブログを愛せよ | LOVELOG

    au one netのブログサービス 『LOVELOG』は2014年6月30日をもちまして提供を終了致しました。 永らくのご利用、誠にありがとうございました。 引き続きau one netをご愛顧いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。 ※お手数ではございますが、新ブログにて閲覧の皆さま向けにブログURL変更等をご周知いただけますよう、お願い申し上げます。

  • 三番街: 勉強とは?

    今日は漠然としたテーマですが、 僕が何をもってこれについて書こうと思ったかというと、 国家公務員試験科目です。 現在進路について非常に迷っている状態の僕ですが、 当然公務員という選択肢も出てくるわけで、 その下調べとして公務員試験科目というのを見てみたわけです。 一次共通試験出題分野 時事、文章理解、判断・数的推理、資料解釈・・・ なるほど確かに書類と向き合う公務員にはどれも必要そうなかんじです。 数学、 物理、 化学、 地学、 ・・・(゜д゜) うそぉん・・・。 その後も日史、世界史、地理とかが書いてありました。 確かに財務省とか行くには計算力も多少ないといけないのかもしれません。 けど数学レベルまで必要なのか・・・? はっきり言って勤め先の省庁によってはまったく必要のなくなるであろう科目が多いのです。 文系の人がセンター数学を勉強するときの「絶対使わな

  • infoseek isweb

    日頃より楽天のサービスをご利用いただきましてありがとうございます。 サービスをご利用いただいておりますところ大変申し訳ございませんが、現在、緊急メンテナンスを行わせていただいております。 お客様には、緊急のメンテナンスにより、ご迷惑をおかけしており、誠に申し訳ございません。 メンテナンスが終了次第、サービスを復旧いたしますので、 今しばらくお待ちいただけますよう、お願い申し上げます。

  • 更新するということ - 304 Not Modified

    ■更新するという行為は新しい情報を発信する行為である。 新しい情報を発信することを更新と呼ぶ人もいるだろう。多くのWebサイトにおいて新しい情報を積み重ねることによって、更新を続けていくことによって、Webサイトの財産を増やしていく。そして読者もまた。新しい情報が更新されないかと多くのWebサイトを巡回しているのである。 ■更新するという行為は既存の記事を過去ログに追いやってしまう行為である。 多くのWebサイトにおいて、新しい情報を最も読まれやすい位置に配置する。時系列を特徴とするブログにおいてはその特徴は顕著である。例えば、このブログは直近5記事しか表示せず、それ以外は過去ログから読んでもらうしかない。今、5番目に新しかった記事は、次の更新によって直接日の目を見ることはできなくなってしまうのである。 多くの読者は新しい情報を求めている。 これは真実であろう。 多くの読者は新しい情報だけ

    更新するということ - 304 Not Modified
  • 「問題」であっても生きてはいける - kmizusawaの日記

    ■「問題」であっても生きてはいける 近頃「下流社会」だとか、マスコミ、ネットを問わず、今どきの若者について論じること(ニートとかフリーターとか結婚とかの話も含めて)が流行ってるような気がする。 年上世代が若者を論じる(おおむねそれは若者にとっては失礼な内容である)自体は昔からあるんだろうけど、個人的になんだかなーと思うのは、そこで語られている「若者」のよくない(とされる)状況に、すでに若者ではない(統計などで「若者」としてカウントされる年齢を過ぎている)自分も当てはまってしまうということですな。 私の世代は大学を出て社会人になって少し経ったらバブルが来た、という世代である。男女雇用機会均等法ができてからまだ1,2年しか経っていない時期の就職組である。 無事に就職できた人にとってはな…orz たしかに私くらいの世代の女子だと、大学を出て会社に入らず結婚もせずバイト生活、みたいないわゆる「フリ

  • お前の苦労がなんぼのもんだ - kmizusawaの日記

    「苦労」語れなくて、若者のノンプア・コンプレックスの壁http://www.asahi.com/job/special/TKY200512210278.htmlこういうことが大真面目に語られるというのはなんというか…世も末という感じがする。たしかに「若いうちの苦労は買ってでもしろ」とか、順風満帆で挫折体験がない人ほどなにかあったら折れやすいとは言うけどさ。でもなんか、そういう話でもないっぽい…確かにどんな場でも、盛り上がるのは、共感が広がるのは明るく語れる「苦労体験」や、「貧乏自慢」。コミュニケーションツールとしての「苦労体験」。年長者や取引先とコミュニケーションするためにわざわざ苦労をしろというのか。そりゃまー農家でバイトすることで得られることもあるだろうし、どうやって自分が苦労を乗り越えたかってのを語りたい人は語ればいい。そういう話がためになったり、共感を得られたりすることもあるだろう

  • たぶん今「若者」についてあーだこーだ語られてるのは - kmizusawaの日記

    景気がちょっと上向いてきて(ということになっている)それで得をしそうな層にとってはいちおう「未来」も考えられるようになって、そうしたときに、自分たちの未来が安泰であるために必要なものは何か?となったときに、それは自分たちの代わりに仕事をしてくれる(しかも安価で)「労働力」であったり、自分たちの懐に資を転がり込ませるための「消費者」であったり(経済の活性化!)、自分たちがもらう分の「年金」や自分たちの福祉のための「税金」を支払ってくれる「人手」であって、その「人手」として手っ取り早く「若者」が考えられているから、なんだろうなと想像してみる。労働力かつ税金や年金の供給源としてみている(そうとしか見ていない)から、そうなりそうにない生活をしている「若者」はなんだかんだと批判されるし、次世代を生み出さない「子ども生まない女」もなんだかんだと批判される。そんでもってその「問題」を解決するためにあれ