1 小穴隆一(をあなりゆういち)君(特に「君」の字をつけるのも可笑(をか)しい位である)は僕よりも年少である。が、小穴君の仕事は凡庸(ぼんよう)ではない。若し僕の名も残るとすれば、僕の作品の作者としてよりも小穴君の装幀(さうてい)した本の作者として残るであらう。これは小穴君に媚(こ)びるのではない。世間にへり下(くだ)つて見せるのではなほ更ない。造形美術と文芸との相違を勘定(かんぢやう)に入れて言ふのである。(文芸などと云ふものは、――殊に小説などと云ふものは三百年ばかりたつた後(のち)は滅多(めつた)に通用するものではない。)しかし大地震か大火事かの為に小穴君の画も焼けてしまへば、今度は或は小穴君の名も僕との腐(くさ)れ縁(えん)の為に残るであらう。 小穴君は神経質に徹してゐる。時々勇敢なことをしたり、或は又言つたりするものの、決して豪放(がうはう)な性格の持ち主ではない。が、諧謔(かい