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スペイン中世史に関するBasilio_IIのブックマーク (2)

  • スペインの9世紀の城砦、「修復」で別物に? 批判集まる

    (CNN) スペイン南部アンダルシア州にある古い城砦が「修復工事」により外観が大きく変わり、住民や歴史家から批判を浴びている。 問題となったのは同州カディス県ビラマルティン近郊の丘の上に建つ9世紀のアラブの城砦「マトレラ城」だ。 文化遺産保護団体「イスパニア・ノストラ」のカルロス・モレネス副会長は「塔は原形とも、中世の城ともまったく関係のない形になってしまった」「近代的な塔のようになり、地元の人々はショックを受け、怒っている」と述べた。 先ごろ完了した工事は、3年前に部分的に崩れた城の塔を補強するために行われた。厚さ3メートルの崩れかけた壁を保護し、元の形と大きさを復元する目的で、新しい素材が使われた。 地元テレビ局の報道では、近隣住民の評判はさんざんだ。「修復業者じゃなくて建設業者を呼んだんだろう」とある住民は述べた。 ソーシャルメディアでは、今回の修復工事を第2の「エクセ・ホモ」だと言

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  • スペインの異端審問制度史

    史上悪名高い異端審問制度だが、その制度が確立して苛烈を極めたのは一五世紀末から一七世紀初頭にかけてのスペインにおいてであった。何故スペインで異端審問が制度として整ったのか?その背景には中世スペイン特有の少数派排除の文化があった。 第一章 中世スペインにおける排除の思想の形成後にスペイン帝国の中核となるカスティーリャ王国は一三世紀初頭に即位したフェルナンド3世によってレオン王国と統一され、諸国乱立のイベリア半島のイスラーム勢力を次々と撃破してレコンキスタ運動を大きく進展させた。続く賢王アルフォンソ10世(在位一二五七~一二七五)から彼の曾孫アルフォンソ11世(在位一三一二~一三五〇)までの四代に渡って改革と体制整備が進められ、軍事的成功と経済の発展、都市の発達を背景として、多宗教共存の寛容な社会が作り上げられていった。ユダヤ教徒もムスリムも自治権と信仰の自由が保障され、確かにキリスト教徒の間

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