プラトンの対話篇の一つに「エウチュプロン」がある*1。さほど有名な対話篇とは言えないであろう。登場人物はソクラテスとエウチュプロンの二人だけ、エウチュプロンは若い預言者である。扱われているテーマは、敬虔(eusebeia; piety)とは何かであるが、確たる結論にいたることもなく、二人の対話は唐突に終わる。 対話の表面的な流れは、次の通りである。 ソクラテスは、バシレウス(basileus)の役所の前でエウチュプロンと出会う(2a)。バシレウスは祭祀を司るほか、不敬神に関する公訴と殺人に関する私訴を管轄していた*2。ソクラテスはアテナイの父祖伝来の神々を否定して新しい神を導入し、若者たちを堕落させた罪でメレトスに訴えられたため、予備審問のためにバシレウスの役所に出頭するところである*3。 他方、エウチュプロンは、自分の父親を殺人罪で訴えるためにやってきた(4a)。父親は、自家の奴隷を殺し