ネットではよく「戦後リベラルは…」といった物言いを目にする。そこで言及される「戦後リベラル」というのは大抵頭の悪そうな主張をしていて、柔軟性に欠ける一方、平気でダブルスタンダードを行使する卑劣な輩であったりする。 こういう物言いが気になるのは、ぼくが自分のことを(一応は)リベラルだと考えているからなのだろう。自分では全く支持しないような意見であっても「リベラル」だというだけで、それを支持していることにされてしまう。これはあまり愉快な経験ではない。 おそらくそれは「リベラル」に限った話ではないはずだ。「フェミニズム」、「サヨク」、「ウヨク」、「ネトウヨ」等々のカテゴリーにしても同様のはずだ。自分では口にしたこともないような意見についてまでそれを支持していることにされてしまう。実際、この手の粗雑なカテゴライズは緻密な議論を展開するうえではそれほど役に立たない。むしろ邪魔になることのほうが多いだ