私は表現の自由をできるかぎり尊重したい(そして尊重してもらいたい)立場の人間だ。しかし、なぜか今回の都条例改正案への反対運動にはあまり気持ちが乗らない。これは自分でも不思議なので、その理由を考えてみることにした。 表現の自由がお上の恣意的な判断によって侵害されたケースはこれまで何度もあった。 それらのケースで声をあげたのはごく少数の人々であり、大多数の人々は消極的あるいは冷笑的に容認の姿勢を見せた。 その「大多数」(特に冷笑側)に属していた人々の一部が、今回になって表現の自由の大事さを大仰に訴えても白々しい。「戦略」としては協調するべきと思いつつも気分的に乗れない。 と、だいたいこんな感じだろうか。あるいは、表現の自由ばかりを絶対視して、それによって侵害されてしまうものと真剣に向き合おうとしない一部の人にげんなり、という気持ちも少しあるかもしれない。 嫌な仮定ではあるが、もし私が規制を進め