時間は、場所とともに人間活動の主な舞台だ。個人が時間のなかで生活を営むように、国家と民族も時間という舞台の上で歴史を創り上げもし、また滅びもする。ある人の生涯が、与えられた時間をどのように生きてきたかで評価されるように、ある国家、ある民族の運命も、時間という原料でどのような歴史を作ってきたかによって決定づけられる。 100年前、北東アジア3国の韓国・中国・日本の運命も、それぞれの国家が生きていた時間の性格によって決定付けられた。韓国と中国が、前近代・半封建の末期にしがみついていたなか、日本は独り近代の入り口を乗り越えた。韓国と中国が北東アジアという「辺境の時間」のなかに閉じこめられたとすれば、日本は「世界史の標準時間」のなかに足を踏み入れたのだ。この差が、3国の運命を植民地・半植民地・殖民国家に分けてしまった。 1945年の独立以降、大韓民国が歩んできた60年は、われわれが100年前に