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僕はTWICEが好きだ。Twitterでもこのブログでも、ことあるごとにTWICEのことを書いている。去年のMステで「BDZ」を観て衝撃を受け、MVを舐めるようにディグり、東京ドームのライブに足を運び、ハイタッチ会で推しのジヒョに会うために3万円分CDを積んだ。13歳でAKB48でアイドルのヲタクになってから随分経つが、こんなに金と時間をかけて応援しているアイドルは、多分TWICEが初めてだと思う。 ちょっと迂遠な書き出しになるが、最近の「正直に言って」という枕詞は、露悪的な言い回しに対するうしろめたさや罪悪感をごまかすために機能してしまっているような気がする。正直であることは良いことであるはずで、わざわざ「正直に言って」などというエクスキューズは本当に言葉通りの意味で正直であるはずならいらないものなのだ。というエクスキューズにエクスキューズを重ねて言うならば、最近Twitterで見るON
男性のオナニーは倫理的か?という問いがもしあったとして、そこで言われている「倫理」とはなんだろう。その営みが他者を傷つけていないことから、オナニーは倫理的に正しい、と言えるだろうか。オナニーが限りなく一人でする行為であるのに対して(この場合の「一人でする」とはペニスを手や任意のジョークグッズなどで刺激して快感を得ることである)、セックスは少なくとも二人以上ですることであるから、傷つけ傷つけられるセックスというのは容易に想像がつくにしても、オナニーで傷つく主体や、傷つけられる主体がいるかどうかというのはかなり微妙な話になってくる。 人は、性について話すとき、恥じらうか、開き直るか、格好をつけるか、何にせよなんらかのポーズを取らざるを得ない。フーコーではないが、それは性について話す人が意図的にポーズを取るのではなく、「性について話す」ということが人にそのようなポーズを取らせているのである。SN
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・性愛:『愛の新世界』(執筆から約150年後の1967年公刊、シモーヌ・ドゥヴー=オレスキエヴィッチ校訂)→本能の解放を肯定 c.f.従来の「ユートピア」構想:性愛とは厳格な倫理の下に厳密に管理されるべきもの。結婚・再生産と直結した性愛のみを肯定。 c.f. トマス・モア『ユートピア』:結婚前の男女の身体検査、婚外交渉の禁止 カンパネッラ『太陽の都』:同性愛や女性の装飾の禁止、性交の規律化、優性思想 メルシエ『二四四〇年』:一夫一妻制の提唱、女性の役割を出産・育児に限定 ←→南洋諸島(esp.タヒチ)の性風俗を描く旅行記やフィクションの流行 c.f. ディドロ『ブーガンヴィル航海記補遺』:ポリガミーや近親相姦をも肯定する「タヒチ人の慣習」を賞賛 レティフ・ド・ラ・ブルトンヌ:暴力的かつ圧倒的な力としての性愛 サド:アンチヒューマニズムの暴力性・嗜虐性(啓蒙主義思想を逆照射) ・フーリエは恋
「結婚だめなら司祭に」=新法王、幼なじみに求婚−アルゼンチン 「結婚だめなら司祭に」=新法王、幼なじみに求婚−アルゼンチン 【サンパウロ時事】「結婚してくれないのなら、僕は司祭になる」。新ローマ法王フランシスコ1世(76)が60年以上前、幼なじみの女性に求婚していたとAFP通信が14日伝えた。 この幼なじみは、アルゼンチンの首都ブエノスアイレス生まれのアマリアという名前の女性。アマリアさんによると、2人が10歳か12歳の時、新法王から、赤い屋根と白い壁の小さな家の絵を描いたラブレターをもらった。手紙には「結婚したら、こういう家を買うんだ」と書かれていた。 2人の淡い恋はアマリアさんの両親の反対に遭い成就しなかった。「子どもの頃のことよ」とアマリアさんは報道陣の取材に語った。手紙は両親に破り捨てられたという。 フランシスコ1世はその後、誰とも結婚せず、言葉通りに聖職者の道を選んだ。(2
夏のある日のマクドナルド、隣の中学生の女の人たちは二人とも話すことがなくなってしまって、テーブルに突っ伏して捧げるように両手で持った携帯をいじってはハイヒールで歩くみたいな音を立て始めている。そんな姿を見ていたら、この先に横たわる毎日を退屈に思うのは当たり前だ。 その奥で、OBドラゴンがいらなくなったトレイを片付け終えてこちらを振り向いた。両方の壁際にまばらに並んだ、誰もが自分のために丸めている色とりどりの背中。その間を抜けて、やってくる。OBドラゴンがやってくる。 「保くん、これで拭くんだ」 気づけば、だいぶ軽くなった僕のコーラは汗をかいてはしたなくテーブルを濡らしていた。まして僕の肘はそれを吸ってだらしなく湿って冷たい。 「うん、ありがとう……」 渡された紙ナプキンで散らばった水滴を拭くと、すぐに指先がしめって不愉快だ。OBドラゴンのホットコーヒーは買った時と変わらず、おかわり自由なの
目も鼻も口も眉毛もどこも、どの角度からも自分には似ていないと思っていた娘が成長するにつれて、もしかしたら昔の自分の顔に似ているのではないかと思えはじめてきていた――正月に実家を訪れたときに、その思いが正しいのかどうか確かめようと古いアルバムをタンスの奥から出してきて、持ち帰った。布張りの表紙と背表紙とに挟まれたアルバムは重く、車の助手席に乗せると揺れてもカーブを曲がっても動かなかった。ミカンを食べながら、果汁で汚さないよう気をつけて表紙をめくると、小さな足形があった。いまの娘の足よりもはるかに小さな足。順番にめくっていくと、娘にそっくりな写真もあれば、あまり似ていない写真もあり、似ている、似ていないと妻と娘と笑って話しながら眺めた。2歳を過ぎて弟が生まれ、さらにめくって一枚の写真をみたとき、おそろしくなった。チ、チ、ババチ、チ、チ、ババチ…… 明るい日差しを受けた芝生に寝転んだ父親の上に弟
どんな感想を書いてもネタばれになりそうなので一応警告しておきます。これは、ネタばれであると。 ・・・時が経ちましたね。 いやね、子どもを持つと映画を観るのも大変なんです。イオンモールに行って、まず先に嫁が映画を観て、嫁が映画見てる間ぼくが子どもの面倒みて、嫁が出てきたら入れ替わりに僕が映画観て、嫁が子どもみるってな具合で。ヲタ夫婦の実態を見よ。 そう思うと、旧劇なんか簡単に観に行けたわけです。夜中に眠れないから、じゃあもういっかいエヴァ観るかって、自転車で吉祥寺まで行って、バウスシアターでシト新生かなんか観てたはずなんですよ。身軽でした。若かった。 学生時代、エヴァンゲリオンをきっかけにして読んだ本まとめ - concretism はてな経由でエヴァの感想をぽちぽち観てると、もう2回、3回と繰り返して観て、謎解きを披露している方が何人もいて、そういう情熱を持って観られる映画に仕上がっては、
BUCK-TICKのヤガミトールさんはメンバー中唯一未だに髪を立てていますがデビュー前からだからもう25年程ですよね! BUCK-TICKのヤガミトールさんはメンバー中唯一未だに髪を立てていますがデビュー前からだからもう25年程ですよね! 一回立てるのにスプレー一缶、降ろすのにもシャンプー一ポンプ使うらしいですが長年それを繰り返しててよくハゲないなと思います。最初に映画化された「ビーバップハイスクールシリーズ」で横浜銀一役を演じていた役者の方は映画に関係なくプライベートでもあのリーゼントだったらしく毎日一時間半かけてセットされていたみたいで四作目あたりから脱毛症になったらしいのですがやはり毎日そんなに時間かけてポマードやスプレー、さらにはドライヤーを使ってたから脱毛症になっても無理ないと思いました。ヤガミさんもスプレーにドライヤーをガンガンあててるから通常なら脱毛症になってもおかしくないの
キャバクラと耳にするだけで条件反射的に「金の無駄」と言ってくる人間がわからない。無駄と思う人間もいるのなら、一般人にとってはただのウンコがスカトロ愛好者にとっては黄金であるように、無駄ではないと思う同数の人間が存在する可能性もあるわけで、個人の自由や価値観をないがしろにして口に出してしまう思考や欠落した想像力が俺には理解できない。傲慢だろそんなの。しかも面白くない。そういった現実のつまらなさを忘れるためにキャバクラに行く俺に、追い討ちをかけるように、キャバクラに通う金があったら私と飲もう、と究極につまらないことを言ってきやがるバカがいるから、つまらなさから脱出するための俺のキャバクラ通いが新たなつまらないヤツらを孵化させているのかも知れず、そんなキャバクラ通いと人生のつまらなさの因果関係は「鶏が先か、卵が先か」の因果性のジレンマに似ている…なんてつまらない考えを俺のなかで孵化させているのだ
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