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増田と人生に関するGriffinのブックマーク (139)

  • キチガイ婆の自滅では済まされない コタツ裏返し火災と独居老人

    こんな記事を読んだ。 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130307/dst13030708270005-n1.htm 形県酒田市で3日、住宅の一部が焼け、75歳の女性が4日に死亡した。山形県警酒田署が出火原因を調べたところ、女性は自宅の居間にある電気こたつを裏返して使用しており、その上にかぶせられていた布団に引火したとみられることが6日、分かった。女性は普段からこたつを裏返して直接、暖を取っていたほか、こたつのヒーター部分で調理をしていたという。 石山さんはこの家に1人暮らし。体調がすぐれず歩行が困難で、日常品の買い物などは、定期的に訪れる民生委員に依頼するなど、ほとんど外出することはなかった これさあ、サンケイスポーツ案件だしおもしろおかしくキチガイ婆が自滅みたいに嗤われてるけど結構深い問題なんだぜ。現実的にどうにかしないといかんわけよ。いや、

    キチガイ婆の自滅では済まされない コタツ裏返し火災と独居老人
  • 10年間引きこもった末にヤマトの仕分けで脱ヒキした男性が描いた実体験漫画が分かりやすいと話題に

    http://imgur.com/g5IOqCZ.jpghttp://imgur.com/USXrWDi.jpghttp://imgur.com/5r0RUbb.jpghttp://imgur.com/r7KNuFU.jpgツイートする

  • 家族会議したことで、薄々感づいていたことがはっきりした。

    http://anond.hatelabo.jp/20120616122645 とても長い話し合いだったので、なるべく簡潔に書く。 父の発言息子が事業を継がなかった場合、娘婿に継いで欲しいと思っていた。 より将来性のある婿をもらうために、女の魅力を磨いて欲しかった。 娘にそれを中傷と受け取られているとは思わなかった。 母の発言夫が娘の教育投資に反対していた時、説得したのは私。 より将来性のある婿候補は良い学校に居るから、娘も良い学校に言ったほうが良いと夫に言った。 音は、娘の学びたいという意志を尊重したかった。 父の発言当は息子に教育投資をしたかった。しかし息子が応じなかった。 馬鹿だと繰り返し言ったのは、そうすれば悔しがって勉強するだろうと思ったから。 従業員から馬鹿にされないよう、立派な学歴を持っていて欲しかった。 弟の発言自分は経営者に向いていないし興味も無い。 父が跡を継がせた

    家族会議したことで、薄々感づいていたことがはっきりした。
  • 過去の自分へのメモ

    30歳で職務歴無しでもそこそこやっていける。しかし、その「そこそこやっていける」というのは、「社会」から踏み外したという前提込みのものであるので、その踏み外したということに対して無神経になるか、それとも明確な理由付けを行わなくてはならない、とは思う。要するに自分のロールモデルが不明確になるので、そこは辛い。自分の人生に対して責任を取ってくれる人はいないという気持ちで望むこと。その責任というのは、いわゆる「自己責任」ということではなく(つまり貴方の行為の原因として結果が起きるということではなく)、貴方の人生が損失を受けたとしても、それに関しては、基誰も責任は取らない(取れない)だろうということ。それは、貴方自身にも言えることで、未来の貴方が「こうしておけばよかった」ということに関して、過去の貴方は無頓着であるということ。 多くの物事には、案外例外があるということ。そして、一般化しようとする

    過去の自分へのメモ
  • 就活に失敗して思うこと

    現在32歳、「超氷河期」と最初に呼ばれた世代で、報道や世間のムードに流されるままに「働けるだけありがたい」なんてくだらない考えから不意な就職を決めてしまった結果大コケしたわたしからも一言。 大事なのは、企業を選ぶときにはあくまで自分の欲望に忠実に選ぶことであって、間違えても「自分を企業に合わせよう」なんて思ってはいけない。 この人のすすめている「うそ」は、自分の気持ちを偽れ、ということでは絶対にない。 「入りたいと思っている会社に対して、自分という人材をいかに立派に輝かしくプレゼンテージョンできるか」という能力を磨け、ということだ。 そこを絶対に勘違いしないでほしい。 「0を1にするのはだめだが1を100にするのはあり」 当にこの一言に尽きると思う。 0を1にしてうっかり何かの間違いで採用されてしまった場合、地獄を見る。 これは絶対にやってはいけないことだと思う。 3年生当時のわたしは

    就活に失敗して思うこと
  • 金持ちになったら

    何時の間にか自分は金持ちになっていた。 正確にいうと小金持ち程度でしかないんだけど、そこそこの規模の会社、それなりの家、それなりの高級車、それなりの貯蓄があると、それを狙って様々な人が擦り寄ってくる。これはサラリーマン時代には決して無かった。一流会社で接待される側の人間であっても経験しないような、擦り寄られ方をされる。 情報誌を買えだの、不動産投資をしろだの、紳士録がどうだのといった眉ツバっぽい電話。 電話番だけやってくれりゃいいのに色目を使ってきたり、ゴマすりが異常だったり、笑顔すぎたり、仕事内容以外でアピールしてくる様々な末端社員。 信用金庫、銀行、農協までが、金を借りてくれ借りてくれとやってきて、フェラーリ買いませんか、ヘリコプター入りませんか、競走馬はどうですか、高級携帯電話屋なんてのも来る。そういやデパートも来た。 電力会社が電気もっと使いませんか、ガス屋がガスもっと使ってくださ

    金持ちになったら
  • 美人に生まれたら

    10/28,29 一番下に追記しました ☆これから話すのは、美人を武器にできない馬鹿な増田個人の不幸話、ということで! ☆わーお、こんなに反響があるとは。心臓がドキドキしています。ビビリなので怖いというか馬鹿だからいちいち傷ついてしまって消したくなりますが一応全部読んでいます。批判も共感も、読んでいるとなんだか高まって涙がポロポロ出てぶるぶる震えてしまう。昨日から寝ずにF5連打状態でフワフワとした気分です。おそらく、人にぜーんぶ洗いざらい話してしまったのがはじめてだからだと思います。男女関係のことは親にも言いにくいから、同じような悩みを持つ姉にしか話したことがなくて…。理解してくれる女友達もたくさんいるけど、内容が内容だからこんなには話せないし。なんかごめんなさい。 ☆美人、というのは何か違うようなので、「もてる女」ということにしてください。 ☆ブコメやTwitterで同意してくれたり「あ

    美人に生まれたら
  • 母が自殺した

    9月30日、母が死んだ。酔っぱらって衝動的に自殺したっぽい。 部屋は綺麗だった。昔からきれい好きだし。一軒目は何処で飲んだのか未だに不明。部屋にも酒は無かった。 とある出禁の店に泥酔状態で行って追い返されて、警察に保護されて深夜の2時頃に自宅に返された。その3時間後に海で見つかった。 その日の朝9時頃地元の警察から電話がかかってきた。最初は前の日に話をした地元の友達かと思った。俺の会社で働いていて色々な人から金を借りて逃げたからだ。半年ぶりに連絡がついてそしてそれを凄く怒った。金のことも怒った。当に自分もびっくりする位怒ったのでびっくりして警察に駆け込んだのかと思って電話を出た。 海で遺体で上がりました、と警察。頭が真っ白になるってこの事だったんだ。 電話を切って結構ボーとしてた。月末で仕事もまあまあ忙しかった。 近所の公園をふらふらしながら離婚した親父とか、母の弟とかに電話した。人嫌い

    母が自殺した
  • 母とコロッケと私

    うちのコロッケは美味しい。 肉やたまねぎ、しいたけやにんじんなどを炒めた具を、ジャガイモと同量くらい入れる。 味はしっかりつけるので、俵型に丸めるの手伝いながら具だけをつまみいしたりした。 母の作るコロッケは美味しかった。 だから、コロッケは、あまり魅力のないべ物だと言われて、母との思い出を否定されたような感じがして、とても悲しくなった。 コロッケに限らず、母の作る料理はおいしかった。 自分で料理をするときは、自然にその味を真似るようになった。 コロッケも、ほうれんそうのごまあえも、すき焼きも、かぼちゃを炊いたやつも、白菜と春雨のスープも、いまでは母と同じ味をつくれる。 母はいま入院している。 残された時間を有意義に過ごすために、もう薬での治療はやめた。 母はがんばっている。 先週末はやばくて、遠くに住んでいる兄と僕は呼び出された。 母の手を握りながら、がんばろうねって何度も言った。

    母とコロッケと私
  • 家族で充たされていると恋人が出来ない

    母が癌で、闘病たった二ヶ月で死ぬ→父と弟が家に寄り付かなくなり家族バラバラ→酒に逃げるようになる →二日酔いでバイトに行く→ボーッとして使えないので総スカン状態→彼に声をかけられ相談に乗ってもらう どこにも居場所がなく八方塞がりに思えていたとき彼に助けてもらった 救世主のように感じ、そのまま交際するようになった こういうことがあってから、今までばかにしていた「初交際年齢のすごく低い人たち」は 家族に問題があってそうなっている例が多いんじゃないかと思うようになった 家に居場所が無い、帰る場所がないと感じているときに声をかけてくれた人は、神様に見える 深夜のコンビニにたむろしている子供は、家に帰れないからそうしているんじゃないだろうか 家に帰りたくない同士があつまって相談にのりあうことで、お互いを神様のように感じて交際につながる この感覚は家族に充たされている人間にはわからないものだと思う 私

    家族で充たされていると恋人が出来ない
  • 避難勧告には従いましょう。

    親戚の経験談で申し訳ないんだけど、とても心を動かされたのでご紹介。 親戚は東北のとある場所の消防団員。そう、あの地震と津波に襲われたところ。 地震後、テレビでの津波警報を見て、これは尋常ではないと団員達を集め、どうするか相談していた所、地域を統括する消防署から「マジヤバイから非難しろ」との連絡がある。 各自担当エリアを決め、ハンドマイクで避難を呼びかける。しかし、誰も避難しない。倒れた器棚の片付けが大変だの、犬は連れて行った方がいいのか、エサはどうしようか、お父さんと連絡が取れないから、帰ってきてから逃げるとか、まだ仕事が終わらないだとか、はいはい、後でねとか言ってテレビ見てたり、洗濯干してからとか、まだ配達中だからとか、なんだか消防団に付き合うのも面倒くせえな感がありありで動いてくれない。署の方が当に非難した方がいいって言われてるんだよなど説明して、やっと腰を上げてもらったりしたけど

    避難勧告には従いましょう。
  • 手持ちのカードで勝負するしかない

    とか、どこかに書いてあった。 そうだな。小学校高学年の頃にそういう発想があったらな、、と思った。 家は母子家庭で2回離婚していた(後に3回に)し、 住まいはボロアパートだし、 自分は喘息で毎日発作で絶望していた。 両親揃ってる子が羨ましかった。 どんなちっちゃくても、マイホームのある家庭が羨ましかった。 元気に走り回る子が羨ましかった。 こんな体じゃ到底仕事なんて無理だ、としか思わなかった。 取り柄といえば、少しだけ成績が良かった。せいぜい上位10%内だが。 だって、喘息で動けなければ読むしかないじゃん。 高校受験は、頑張れば学区トップに入れたかも程度。 でも、大学行く金ないから意味ないと思った。今思えば、奨学金とかあったんだよね。 そして高専に行った。ここなら5年で卒業したら就職できる。 でも、喘息はよくならない。 在学中も意識不明になって救急車で運ばれた。 社会にでるのが不安だった。

    手持ちのカードで勝負するしかない
  • 今日の国会をテレビで見て、死にたくなった。

    仕事や私生活に自尊心を持てるような、充実している人がどう思っているのかは知らない。 だけど、派遣仕事いつなぎ、部屋に帰れば誰かが待っているわけでもなく、ぼそぼそと帰り道のコンビニで買ってきた弁当をべながら大して面白くもないテレビを見て、布団に入り、次の朝にはまた必要なのかどうかもわからないスーツを着て会社に向かい、正社員の人からは「まあどうせ派遣の人らだから」と正式なメンバーだとは認められずに軽んじられながら、でもここで腐った気持ちを外に出してしまったら次の仕事に響くかもしれないし、ほんとうにもしかしたら万が一安定した正社員として雇ってもらえる目もあるかもしれないとニコニコしながらできるだけ期待以上のものをあげられるようにと努力し、それでも結局「仲間」には入れてもらえず、部屋に帰ってやっぱり誰も待ってない部屋でぽつんと昔読んだを読みなおしてみた時に迫ってくるどうにもやりきれない気持

    今日の国会をテレビで見て、死にたくなった。
  • 牛頭さんの中学時代

    中学1年の7月のことだった。私が朝学校に行くと、仲良しだった子が近づいてきて唐突にこう言った。「もう、ごずっちと口きけないんだ」 意味が分からなかった。転校でもするのかと尋ねても違うと首を振る。「もう決まったことだから。じゃあ頑張って」 そう言って彼女は去っていった。 彼女の言葉は少なくて詳しい事情はまるで分からなかったが、悪い予感のようなものがあった。これはもしかしてあれじゃないか。どうしようどうしよう。背中を冷たい汗が伝うのを感じていた。教室へ向かう階段を登りながら、もうこのままずっと教室に着かないで欲しいと思った。知るのが怖かったのだ。 教室のドアの前に立った私は蒼白だったと思う。頭の中に色んな想像が駆け巡り、手のひらはじっとりと汗ばんでいた。ひざも少し震えていた。私は意を決して教室のドアを開ける。いつもと変わらない教室。でも私が入った瞬間、少しだけ空気が変わるのが分かった。スタート

    牛頭さんの中学時代
  • 叔父の無縁死

    昨日、一度しか会った事のない叔父さんを荼毘に付した。 朝一番の斎場はとても静かだった。 到着してすぐに、お父さんから状況を聞いた。 部屋に入ると、引っ越したばかりで物も少ない小さな部屋で 叔父さんは布団をかけたまま息を引き取っていた。 部屋はエアコンがつけっぱなしで 部屋には500mlビールの空き缶が百以上もあった。 叔父さんは黒ずんで、ミイラ化が進んでいた。 息を引き取ってから約3カ月後の発見だった。 俗に言う、孤独死、無縁死。 叔父さんを見かけなくて心配してくれたのは 同じ建屋に住む、管理会社のおばさん。 たまに声をかけてくれていたそうで 最近見ないから、管理会社に連絡してくれたとのこと。 当にありがたい。そして当に申し訳ないとおもった。 叔父さんの部屋は最近の部屋で、 ポスト窓がなく、窓も占めていたから密閉空間。 だから、臭いで発見される、というケースではなかったわけだ。 部屋

    叔父の無縁死
  • 母をぶった

    認知障害のある84歳の母を85歳の父と一緒に介護している。母は「ここがどこで、今がいつで、自分が誰で、自分が何をしているのか」がわからない。見当識が無いというのだそうだ。半年前に在宅介護を始めてから、毎日毎日「私、どうしちゃったの? どうなってるの? なんで誰もいないの?」と聞く。最初のうちは「病気なんだから」と辛抱強く答えていた父は、すっかりうんざりしてしまい、母がいつもの質問を始めると無視するようになった。私が代わりに答えると母は「なんでパパに聞いてるのに、あんたが答えるの?」と言うので「同じ質問を千回繰り返しているから、もう答えるのがめんどくさいんだよ」となだめている。 一昨日の夜、10時に就寝し、父は寝室に引き取り、私と母は病室としてしつらえた部屋で休んだ。11時ごろ、母がむくっと起き上がった。「何?」と聞いたら「パパに聞きたいことがある」とベッドから下りて、父の寝室のほうへ行こう

    母をぶった
  • 脱法ハーブ(ドラッグ)で家族を失いかけた

    脱法ハーブというものに手を出してしまった。 後悔にまみれたその記憶を自分の手で書き表すことで、私は二度とこうしたものに手を出さないことを自分自身で確認しようと思う。 独身の頃からそういうものに興味はあり、海外で日では禁じられている薬物に手を出したこともあった。 ただ、同行者はそれを吸ってとても楽しそうにしていたが、私には一向に効き目がなく、その体験はただ、 私に「あちらの世界」への憧れをかきたてるだけのものだった。 それには依存性はほとんどなく、何年もの間、それを欲しいと思ったこともなかったし、 一生必要ないと思っていた。ただ、「あちらの世界」への好奇心だけは私の心に根深く残ったままだった。 7年後。現在。2年ほど前に結婚して1歳の子どもがいる。 私はたまたま合法ハーブという語をインターネットで見つけ、好奇心からそれを調べた。 現在に日では禁じられていない成分のみを用い、幻覚作用や覚醒

    脱法ハーブ(ドラッグ)で家族を失いかけた
  • 石巻のおじいちゃんが話す「すべてが津波に流されて思うこと」

    支援ボランティア先の宮城県石巻での体験談。地元のボランティアセンター経由で仕事を受け自分の担当となった家は、海岸から少し離れた川沿いのとあるお宅。家こそ流されなかったものの、津波のせいで家財はめちゃくちゃになり床は一面ヘドロの海。 この家の主人は87歳のおじいちゃん。そのご家族親戚やご近所の方と一緒にヘドロ出しと使えなくなった家財撤去作業を行ったのだが、時折の休憩でこのおじいちゃんとその息子さんから津波を受けて感じたいろいろなお話が正に人生の真理のように感じた。折角の機会、共有したい。 「モノに固執しちゃダメだな、大切にしないといけないのは人のつながりの方だ。」ぐちゃぐちゃになった家財を撤去しながら、まだ使えるものがあるのではと探していた自分の前で、一言「いい、全部捨てちゃって。」 どれほど大切に残しておいても、こういう事態になったらモノはモノ。 むしろ、こういう時にこそ、人の大切さが見え

    石巻のおじいちゃんが話す「すべてが津波に流されて思うこと」
  • 不幸の総量

    生まれてから死ぬまでの間、人間はどれだけ不幸を体験するのか考えてみた。不幸かそうでないの基準は、予想できるタイミングなのかどうかの違いなのかもしれない。 ・じいちゃん、ばあちゃんが亡くなる 最大で4回 ・両親がなくなる 最大で2回 ・死に至る病にかかる これは1回。持ち直したら、不幸じゃないよね。 ・死ぬ これも1回 この先のは、ランダムイベント。何かを得て、それを失う系のイベントが多いような。 ・友達が亡くなる 若いうちだとびっくりだ。歳をとれば、それなりか。 ・嫁もしくは旦那が亡くなる 結婚しないと発生しない ・浪人生になる 23%。考えようによってはチャンス。 ・就職できない 需給バランスが合っていない時代もある ・会社を馘首になる 1.5~2%/年 そんなときも ・火事で家がなくなる 6万/4686万戸 年間で0.1%くらい ・交通事故に遭う 100万件/12000万 年間で0.8

    不幸の総量
  • 引きこもりの結婚

    私には従兄弟がいる。 引きこもりの従兄弟である。 35歳の彼女は、中学生のころイジメが原因で登校拒否を起こして、およそ20年間部屋から出て来ない。 年に5回ほど親戚の家を訪れる私も、もう随分と見かけた事がなかった。 彼女の部屋は家の一番奥の林に面したところにある。 常に湿気に悩まされており、部屋中もう、カビだらけだと言う。 親も立ち入れないため、部屋は荒れ放題で、入り口には使わなくなったスチール製のベッドが、バリケードのように立ちふさがる。 そんなところで、彼女は一日中電気もつけず、長い間暮らし続けた。 そんな彼女の時が止まってからおよそ20年目の事である。 私はとある噂を叔母から耳にした。 「あの子に彼氏が出来た」 私は耳を疑った。一体どうやって彼氏を作ったのか、一体どうやって付き合っているのか。 「インターネットで知り合ったらしい」 なるほど、それは分かった。 さすがにそれ以外の道がな

    引きこもりの結婚