「過去も相手も変えられないが、未来と自分は変えられる」という言い古された格言めいた言葉に対する違和感。 確かに、過去は変えられないのは事実。でも、相手は変えられる(というか、自発的に変わる可能性の方が 「過去も相手も変えられないが、未来と自分は変えられる」という言い古された格言めいた言葉に対する違和感。 確かに、過去は変えられないのは事実。でも、相手は変えられる(というか、自発的に変わる可能性の方が かえって大きい。人間普通は変わっていくから)だから、確かに自分が前向きに改善すべく努力をするのはいい、その姿勢は評価できる。でも、それしか手がないのではなく、「座して待つ」ということも同等に論じられていいはずです。 それがなぜないのでしょうか?座して待てば、相手や環境が変わり、自助努力がなくても情況が好転することがかなりあるはずです。ましてやこういう格言めいた諭しが世の中に広く行き渡っていると