非常にタッチーな問題なので書くに尻込みしそうだが、この問題に言及せずしてなんでブログをしている意味があるのだろうと思う。とはいえ一般的な話題でもないし、まして日本のブログに向いた話題でもない。 話は、カナダ居住のホロコースト否定論者エルンスト・ツンデル(Ernst Zündel)が国外追放となり、ホロコースト否定を法で禁止するドイツに"送還"された、ということ。送還にクオート・アンクオート(参照)としたのは、適切な表現ではないかもという米人がよくやる含みだ。なお、その後、彼はドイツに到着し、逮捕された。 私が最初このニュースを知ったのは昨日のサロン・コムのトップニュース欄だった。まだ追放前、そして逮捕前ではあった。とりあえず「はてなブックマーク」した(参照・会員制)。ニュースはAP系で"Canada set to deport Holocaust denier"というタイトルだった。同ニュ
「私」と「僕」と「俺」。日本の男は、3つの一人称を持っている。自らの立場や接する相手によって、複数の自分を使い分けながら生きている。 そのなかでも、「僕」はもっとも中途半端な男の姿だ。「俺」のようなワイルドさもなければ、「私」のような品位もない。「俺」でも「私」でもない、ただただ「僕」でしかない「僕」。そんな一人称が表題の本作には、「俺」と名乗るには小心者で、「私」と名乗るにはまだ若い、17歳の「僕」がいる──。(『週刊SPA!』2000年4月書評:山本康人『僕』最新刊2巻/小学館/2000.2〜/ISBN:4091855814) これは、僕が5年前に書いた文章だ。 たまたま『僕』というマンガについて書く必要があったからこの書き出しを考えたのだけど、後々考えるとこれはちょっと面白いなぁと思う。 たとえば、僕はこのブログで「僕」という一人称でテキストを書いている。だけれど、日常生活でこの「僕
コミュニティーを前提に作られた「ドラゴンクエストVIII」 「TVゲームが生まれてから10年おきに訴求する価値が変わってきた。」という言葉と共に始まった和田氏のセッション。この意味するところは、ゲームセンターや喫茶店でゲームをプレイしていた時代へと遡る。セーブを必要としない範囲でのゲームが存在していた時代だ。 そして20年近く前に家庭用ゲーム機が生まれ、ゲームは進化した。セーブという手段が生まれたことによる活性化、出すタイトルすべてが新鮮だった。そして10年前にプレイステーションやセガサターンといった機体へとなり、3Dグラフィックが進化。そしてどんどんリアルになっていった。 スクウェア・エニックス代表取締役社長 和田洋一氏 家庭のTVでゲームが動いたという10年、そしてグラフィックがどんどん進化していった10年。そして今を含む10年は、コミュニケーションが取れるということがテーマになってい
能登町、中能登町、宝達志水町が始動 各地で開町式 能登半島の夢と希望託す(北國新聞) 3月1日ということで合併する市町村も多かったこの日。石川県では能都町、柳田村、内浦町の合併による能登町、鳥屋、鹿島、鹿西の三町による中能登町、志雄、押水両町による宝達志水町が発足。能登半島も大きく変わってしまったのです。 まず柳田村が合併したことにより、全国で6番目の「村」がない都道府県に。そして町を「ちょう」と呼ぶ自治体が誕生しました。今までは町=「まち」と呼ぶところばかりだったのです。自分の知る能登半島は変わりつつあります。 「南セントレア」を笑えるのか笑えないのか。合併しないと金が入らない。かといって、故郷の名称が変わることに抵抗がないかといえばそうでもなく。。能登町(のとちょうですよ。能都町(「のとまち」はもうありません))石川県能登の地図(この変わりよう。抵抗がないというのはよっぽど愛着がないの
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