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2007年1月13日のブックマーク (8件)

  • 非モテ政治経済概論 - 古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

    http://d.hatena.ne.jp/furukatsu/20070107/1168183833 面白い話ではあるのですが、肝心の所、古克氏が見えざる神の手をどの程度制限するべきかということがよくわからない。つまり、恋愛ケイジアンなのか恋愛共産主義者なのかがよくわからない。つうことで自分で考えてみた。 恋愛共産主義 「恋愛」は国家のものになる。いつ、どこで誰と誰が恋愛するかという事は全て国家が決める事になる。 例えば、どこの電車で伊東美咲が泉谷しげるに絡まれるか、誰がそれを助けるか、全ては国家によって統制される(それか合同結婚式みたいなものになる)。「第2次5ヵ年計画」なんていって「5年で結婚数を○○件まで増大させる事」みたいなのが書記長からのお達しで出てくる。 メリットとしては ・「平等」が達成される これの問題点としては ・実質上国民総背番号制の導入とセットになる(管理の必要によ

    非モテ政治経済概論 - 古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」
    Imamu
    Imamu 2007/01/13
    面白ひ。「恋愛共産主義/恋愛修正資本主義/恋愛リバタリアニズム」/そして「純愛信仰」規範
  • 男ごころ 「らしさ」を超えて : 特集 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

    この連載では、現代を生きる男たちのとまどい、移ろう「こころ」を読み解いてきた。背景には、熟年世代が直面する離婚、若者に多く見られるニートひきこもりなどの社会問題がある。そして、外見へのこだわりや感情表現、恋愛や家族関係でも、旧来の「男らしさ」では説明できなくなっている男性たちの姿があった。 (1月19日)[全文へ]

  • Hiranoaya - Health, Fitness, Dating, Money

    Imamu
    Imamu 2007/01/13
    「CXのアイドリングって番組が流れてたんだけど、女の子達がハレ晴レ踊ってた!!」
  • 「BLUE DROP」に見る、特別化されゆく「少女」の姿 - たまごまごごはん

    ●マンガの少女は芸術の域に向かっていると思うのヨ。● 澁澤龍彦「少女コレクション序説」を愛読し、進化の究極形態が少女だということを「エコール」で勉強して育ったたまごまごです。こんにちわ。 最近自分の中身が「百合星人ナオコサン」状態だなあと感じることがあります。というのは別に幼女好きというわけではなく、物語・マンガに出てくる少女イメージがあまりに美化されていて、記号化された少女に芸術を感じるようになってきたからです。 ああ、まって、石を投げないで。 というのもあまりオオゲサな話ではないと思ってるんですってばよ。いやほんと。 今の一部のアニメ・マンガ文化はある意味少女像を一つのシンボルにして育っているんじゃないかなと思うんですヨ。宮崎アニメの少女は言うまでもなく、「ネギま」などのような作品に至っては各種少女のエッセンスを濃縮することで、男でも女でもない「少女」が一つの性として完成しているんじゃ

    「BLUE DROP」に見る、特別化されゆく「少女」の姿 - たまごまごごはん
    Imamu
    Imamu 2007/01/13
    面白ひ。『「少女イメージ」は「男性の都合のいい方向に従化されていく」か、「異性に心を傾けなくなる」かの二通りに』
  • 2007-01-12

    参加している常連アイドルの殆どがavex系な人たちだし、そもそもGirl's BOXそのものがavex主導型のイベントですから、どうしてもavex系のアイドルに時間が割かれ偏ってしまうのは仕方ないことだし、実際7時間も居合わせた現場を振り返ってみても、あーこれはa-nationなノリだなーという印象になってしまうんだけど、しかし少ないながらも参加した、非avex系な人たちにも(持ち曲が少ないグラビア系の人たちはさておいて)それなりの時間及び曲数を割り当てる配慮は見せていたのかな、とあらためてセットリストを見て思った。時東ぁみの好待遇っぷりは異常。 今回のGirl's BOXは、いつも以上にavex以外からの参加も呼びかけた、わりとイレギュラーっぽい内容で、この先のGirl's BOXも今回のような形になっていくのか定かではないけれど、今後もこういう風に幅広くアイドルに特化した「フェス」とし

    2007-01-12
    Imamu
    Imamu 2007/01/13
    確かに、知らない人なのに一応応援するって状況によく遭遇する
  • コロコロ派とボンボン派、オタクへの運命の分かれ道 - (続)愚問〜論理迷走論考〜 

    コロコロコミックとコミックボンボン、小学校時代にどちらを読んでいたでしょう。 私は、どちらかと云うとコロコロコミック読者だったのですが、最近某友人と話していたらこんな会話になりました。 遠野「コロコロコミックと、コミックボンボン、小学校の時にどっち読んでた?」 D氏「んー、コロコロも読んでたけど、俺はボンボンかなぁ」 遠野「あー、なるほどボンボンか。あのさ、コロコロ読んでる人と、ボンボン読んでる人って、気質ってか雰囲気がなんとなく違わない?」 D氏「どうだろ。あ、でもそんな感じはするねぇ」 という会話になって、その後はコロコロとボンボン読んでる人の「気質の違い」に関してのオタトークが展開されていきました。 これはあくまでも私の感想なのですが、ボンボンを小学生時代に見てる人って、ものの考え方というか、オタク系の知識レベルが高度な確立が高いんじゃないかと、前々から思っていました。 友人曰く、「

    Imamu
    Imamu 2007/01/13
    「コロコロ系(仲間と)/ボンボン系(一人で)
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    Imamu
    Imamu 2007/01/13
    『「女性に選択の権利を!」なんて叫んでいる人たちのいう「女性」とは、「健常者」を指していて、「身障者」は含まれていなかったりする』
  • シーサー株式会社

    Imamu
    Imamu 2007/01/13
    「資本家はリスクとそれに見合った高い報酬を、労働者は安定と低い報酬を得る」