ピットが静まり返るなか、篠崎元志は一人、ボートリフトのほうへ向かった。顔つきは、明らかに緊張している。そして、それを近くで見ていたこちらの存在に気付きながら、どこか「声をかけてくれるな」という雰囲気を醸し出した。明らかにピリピリしていた。 多くの選手がリフト付近で優勝戦を観ようとやってきた。元志は、明らかに他の選手との接触も避けようとしている。それに気づいた原田幸哉がからかうように笑みを向けるが、やはり元志の様子がおかしいのだと察したか、それ以上言葉をかけられないでいた。元志はいったん控室方面に歩き出し、ものの数秒で踵を返してまたリフトのほうに向かった。明らかにソワソワしていた。 「仁志が(SGやGⅠの優勝戦を)走るときは、自分が優勝戦を走るより緊張する」 かつてそんなふうに笑っていたこともあった元志。しかし、今日はただの優勝戦ではない。1号艇なのだ。そして、待ちに待った、待ちすぎた瞬間が
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