織田信長 ぼちぼち、元気にやっています。少し薬にも慣れた...んかなぁ。相変わらず食べられないけど。朝、指がこわばって文字なんて入力できなかったけど、それはほぼなくなった。関節もどこも痛くない。薬効いてきたんやろな。 で、ブログを書こうと言う気がまた起きてきた。 …
織田信長 ぼちぼち、元気にやっています。少し薬にも慣れた...んかなぁ。相変わらず食べられないけど。朝、指がこわばって文字なんて入力できなかったけど、それはほぼなくなった。関節もどこも痛くない。薬効いてきたんやろな。 で、ブログを書こうと言う気がまた起きてきた。 …
東京ディズニーランドでの客とスタッフのエピソードを集めた本としてベストセラーになっている「最後のパレード ディズニーランドで本当にあった心温まる話」(サンクチュアリ・パブリッシング発行、中村克著)に、読売新聞に掲載された「小さな親切はがきキャンペーン」の入賞作品がほぼそのまま収録されていることがわかった。 ほかにも、掲載されている複数のエピソードが、過去にインターネットの掲示板「2ちゃんねる」に投稿された文章と酷似していることも明らかになった。 読売新聞掲載の作品とほぼ同じ内容だったのは「大きな白い温かい手」と題された文章で、脳梗塞(こうそく)で障害が残った車いすの夫とその妻が、「ドナルドダック」に背中や腕をさすられ、感激したという話。社団法人「小さな親切」運動本部が2004年に実施した同キャンペーンで日本郵政公社総裁賞を受けた作品に酷似しており、文末を「です・ます」にしたり、「重度の」を
「ディズニーランドで本当にあった話をまとめた」 という触れ込みでベストセラーになった "最後のパレード" という本があるのだが、その内容が盗作じゃないか?という声があがって大問題になっている。 ■ニュース一覧 この著者の中村克という人物は、実は東村山問題のごく初期から "草の根支持" として立ち回っていた人物で、薄井政美市議に対する辞職請願 を出した張本人である。 ちなみに私はこの中村氏=東村山4丁目=kodomotatinomiraiという人物について、なぜかフォローするような記事を書いている んだが、人生ってのは面白いものでございますな、と。 ■参考リンク ・松沢氏の記事 ・ミハルちっくの記事 東村山市議の矢野穂積と朝木直子は、この中村氏を矢面に立たせ、薄井市議に対する嫌がらせとしか思えない請願の請願人とし、自分達はその紹介議員となったのである。 ここで考えて欲しいのが、後に矢野穂積ら
「内容は盗用されたものなのでは?」とウワサになっている書籍『最後のパレード ~ディズニーランドで本当にあった心温まる話~』(サンクチュアリ・パブリッシング発行 / 中村克著)。当編集部でもこの書籍を入手して読んだところ、非常に素晴らしい内容であり、なかには涙を流しそうになる話題もいくつかあった。 しかし、冒頭でも述べたように盗用疑惑がささやかれており、インターネットや読売新聞に掲載されていたものをそのまま使用したのではないか? という話にまで発展している。この書籍に関して読売新聞は「文末を「です・ます」にしたり、「重度の」を「重い」にしたりするなどの言い換えはしているが、文章の流れや表現はほとんど変わらない」部分があると指摘しており、波紋はさらに広がりそうである。 また、今回の件について報道している読売新聞と日本テレビに対して著者の中村氏は「私は悪意を持って私を追い詰める冷酷非道な読売グル
818 名前:('A`)[] 投稿日:2009/04/22(水) 00:57:15 0 1:子「ぴーまんきらいー」 母「そんな事ばっか言ってるともったいないオバケがでるわよ!」 子「えーうそだよー」 も「ヘヘヘヘ…」 母「!?だ、誰ですかあなたっ!?」 も「へへへ、奥さんが今言った、もったいないオバケですよ」 子「うわーん、おかあさん、こわいよー」 も「へ、お嬢ちゃんにゃあ興味ねぇよ」 ガシッ 母「え、ちょ、なにするんですかっ!」 も「奥さんもったいない、もったいないねぇ…こんなイイ体してんのにさ 最近旦那とはご無沙汰なんだろう…?」 母「いやっ、離してっ…!」 も「あーもったいない、もったいないねぇ。俺ほどのテクニシャンに会えるのなんて 今しかないのかもしれないのに、正直に喘がないのはもったいないよぉ?」 母「ンンンンッ!」 16:も「ほらほら、もっと喘いで」 母「あっ…嘘、なにこれす
毒物カレー事件最高裁判決について、もう少しメディアで騒ぐのかなと思ったが、自分が思ったよりは騒ぎはなかったように思えた。別の話になるが、タレントの清水由貴子さんが自殺したと見られるというニュースもあった。哀悼したい。が、これもそれほどには話題にはなっていないような印象を受けた。どちらもごく私の印象に過ぎないのだが、なんとなく十年といった時間が自分が思っているより遙か遠くに過ぎ去ってしまったということかもしれない。 毒物カレー事件最高裁判決だが、私は若干差し戻しを期待していた。もっとも高裁の控訴審判決を見ればそう予想はできたはずもなかった。 私はこの事件だが、個人的には冤罪だろうと思っている。仮に林被告が犯人だとしても死刑判決にすべきではないと思っている。そのあたりを無名の人の思いとしてやはり少しブログみたいなものに書いておくべきかなと思う。 とはいえ、「冤罪だ、不当だ」と強く騒ぎ立てる思い
社説については特にない。 なぜ、林被告はカレーにヒ素を混入したのか。被告が犯行を全面否認していたこともあり、動機は明らかにならなかった。 最高裁は、動機が不明であっても、「林被告が犯人であるとの認定を左右するものではない」とした。被告の犯行であることは、ほかの証拠が十分に証明しているとの判断からだ。今後の裁判にも影響を及ぼす考え方だろう。 動機がわからないというのと動機がないというのは違い、裁判の建前では、動機は愕然と存在している。問題はそれがわからないということと裁くという関係だ。 私の誤解なのかもしれないが、近代の裁判とは、人の意志を裁くのである。人が自由ゆえに罪を犯しうる存在だから、犯罪とは自由の言いでもある。人だからこそ自由があり犯罪が犯せるであって、そしてだからそれを裁くことができる。 そうして見ると、裁判としては動機がわからないとしながら、暗黙に承認された動機は大量殺人というこ
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