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議論と政治に関するMiki-Teaのブックマーク (2)

  • 討議的民主主義 vs. 参加的民主主義ーー「活発に政治参加する市民」が胡散臭い理由 - *minx* [macska dot org in exile]

    シカゴ大学法学部ブログではじまったグレン・レイノルズ(テネシー大学法学教授、保守系ブロガーInstapunditとして有名)との対論において、キャス・サンスティーンが政治学者ダイアナ・マッツの『Hearing the Other Side: Deliberative Versus Participatory Democracy』を引いて集団分極化について面白い指摘をしている。 サンスティーンの『Republic.com』(『インターネットは民主主義の敵か?』)では、集団分極化のメカニズムが人々を分断し、先鋭化を起こすことが懸念されている。しかしそうした先鋭化は、同時に人々の政治参加の動機を著しく強めることにもなる。もし自分たちに何が正しいか分かっており、敵対者はとんでもない悪人かバカのどちらかであるなら、自分たちの主張を通すためにより深く政治活動に関わろうと思うようになる。 逆に、閉鎖的な

    討議的民主主義 vs. 参加的民主主義ーー「活発に政治参加する市民」が胡散臭い理由 - *minx* [macska dot org in exile]
  • 振り返りみれば「女性運動」の共感できなさ - 荻上式BLOG

    id:macskaさんの「館長雇い止め」を「バックラッシュ裁判」として闘ったことの帰結とか読んだり、「安部内閣を振り返る」系の動画を見ながら、ふとこの動画のことを思い出した。 http://video.google.com/videoplay?docid=1736033721345027499 「館長雇い止め」の件同様、このケースもまたフェミニズム系のML等でかなりヒートアップしていたもの。「敵失をいかに利用するか」という議論が熱く交わされ、結果として出てきたのがこの替え歌。これは、誰に向けて、何をしたかったのか、さっぱり分からなかった。「街行く国民よ、覚醒せよ!」系の右翼街宣車とか、労働組合によるデモとかなら、選択されている方法が見合ったものかどうかはともかく、一応「何がしたいのか」は分かるんだけれど。一部の“運動体”のモチベーションアップと、社会的効果を天秤にかけても、他の例に比べてあ

    振り返りみれば「女性運動」の共感できなさ - 荻上式BLOG
    Miki-Tea
    Miki-Tea 2007/09/15
    「では、なぜある議論は分極化しやすく、ある議論はそうではないのか。」。理由として、属性的(議論外在的)なものと創発的(議論内在的)なものの2つはありそうだ。
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