「博士の愛した数式」を読んでいた間中、一人の博士のことが頭に浮かんでいた。 私が存じ上げていたその博士は数学者であったが、広い意味での社会学者でもあった。 「博士の愛した数式」の解説を書いている藤原正彦によると、数学者というのは奇人変人というのが通り相場なのだそうだが、私が知っている博士も強烈な個性の持ち主だった。 博士は家庭的、経済的にはあまり恵まれていなかったそうだが、ある地方の名門高校出身だった。博士がその高校を出てから20年ぐらい後、その高校の生徒や教員OBに「開校以来の秀才は誰か?」というアンケートを募ったところ、博士は断トツの1位だったという。 進学した大学では数学を学んだが、国内の複数の大学で他分野にわたる学問を学び、さらにフルブライトで留学。しかし、帰国後に大学教員になることはなく、私が初めてお目にかかったときには東京郊外の木造アパートに住んでいた。 トイレは共同だった。部