二之巻 笠森 お仙 (一) 時は明和五(一七六八)年秋、おろくの話の十七年後である。江戸の外れ谷中の笠森稲荷の水茶屋’鍵屋’に一人の武士が、入った。 この侍、太田南畝と言い、十九歳で幕臣として御徒(歩兵:将軍が外出するとき乗り物の前後左右の警古にあたり、平日は、要所の持ち場に詰めるのが仕事で、七十俵五人扶持の薄給)を務めていた。幼少の時は、盛んな知識欲そして、異常なほどの記憶力に皆は、南畝を神童と言っていた。今は、独学で和漢の故事典則を学び、江戸風俗に通じまた、狂歌にも長じていた。 娘が茶を運んできた。 (お、なんて美しい娘なんだろう) 南畝は、見とれてしまった。 この天才男、生まれてはじめて一目ぼれをしたようだ。 茶を何杯か飲み、腹がいっぱいになった。客が席を求めて、待っているのに気づき、南畝は、未練を残し店を出た。 (春信さんに、教えてやろう) 南畝は、知り合いの浮世絵師鈴木春信(四十