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ブックマーク / www.aozora.gr.jp (355)

  • 海野十三 浮かぶ飛行島

    川上機関大尉の酒壜 わが練習艦隊須磨、明石の二艦は、欧州訪問の旅をおえて、いまやその帰航の途にあった。 印度を出て、馬来(マレー)半島とスマトラ島の間のマラッカ海峡を東へ出ると、そこは馬来半島の南端シンガポールである。大英帝国が東洋方面を睨みつけるために築いた、最大の軍港と要塞とがあるところだ。 そのシンガポールの港を出ると、それまでは東へ進むとはいえ、ひどく南下航路をとっていたのが、ここで一転して、ぐーっと北に向く。 そこから、次の寄港地の香港まで、ざっと三千キロメートルの遠方である。その間の南北にわだかまる大海洋こそ、南シナ海である。 練習艦隊はシンガポールを出てからすでに三昼夜、いま丁度北緯十度の線を横ぎろうとしているところだから、これで南シナ海のほぼ中央あたりに達したわけである。 カレンダーは四月六日で、赤紙の日曜日となっている。 夜に入っても気温はそれほど下らず、艦内は蒸風呂のよ

  • 山本周五郎 天狗岩の殺人魔

  • 中谷宇吉郎 人工衛星へ汲取舟が行く話

    Nean
    Nean 2022/07/14
    う、ブクマする間もなく読了。
  • 江戸川乱歩 偉大なる夢

    夢を尊重せよ。われらの陸海軍は皇国(こうこく)三千年の夢を実現しつつあるではないか。偉大なる夢と月々火水木金々の努力、斯(か)くして偉大なる現実は生れるのだ。夢無くして科学は無い。科学の進歩は天才の夢に負う所如何に多大であるか。科学史の毎頁(まいページ)がこれを証明している。現実に先行する夢なくして現実の進歩はない。今や完全なる勝利か、然(しか)らずんば国民一人残らずの死あるのみである。眼前の現実に跼蹐(きょくせき)して、徒(いたず)らに物資の不自由を喞(かこ)つことをやめよ。卑小なる保身を離れて、偉大なる夢を抱け。私は一つの夢を語ろうとする。無論、昔日(せきじつ)の悪夢を語るのではない。昔日の悪夢は悉(ことごと)くかなぐり捨て、私の力の許す限りに於(おい)て、大いなる正夢を語ろうとするのである。 世界の国という国がその総力をかたむけ、大地球の全面をゆるがして戦いつつある時、日国の威力が

  • 萩原朔太郎 青猫

    私の情緒は、激情(パツシヨン)といふ範疇に屬しない。むしろそれはしづかな靈魂ののすたるぢやであり、かの春の夜に聽く横笛のひびきである。 ある人は私の詩を官能的であるといふ。或はさういふものがあるかも知れない。けれども正しい見方はそれに反對する。すべての「官能的なもの」は、決して私の詩のモチーヴでない。それは主音の上にかかる倚音である。もしくは裝飾音である。私は感覺に醉ひ得る人間でない。私の眞に歌はうとする者は別である。それはあの艶めかしい一つの情緒――春の夜に聽く横笛の音――である。それは感覺でない、激情でない、興奮でない、ただ靜かに靈魂の影をながれる雲の郷愁である。遠い遠い實在への涙ぐましいあこがれである。 およそいつの時、いつの頃よりしてそれが來れるかを知らない。まだ幼(いと)けなき少年の頃よりして、この故しらぬ靈魂の郷愁になやまされた。夜床はしろじろとした涙にぬれ、明くれば鷄(にはと

  • 山本周五郎 おもかげ抄

  • 萩原朔太郎 酒に就いて

  • 小津安二郎 映画界・小言幸兵衛 ―泥棒しても儲ければよいは困る※[#感嘆符二つ、1-8-75]―

  • 森鴎外 金貨

    左官の八は、裏を返して縫ひ直して、継(つぎ)の上に継を当てた絆纏(はんてん)を着て、千駄(せんだ)ヶ谷(や)の停車場脇(わき)の坂の下に、改札口からさす明(あかり)を浴びてぼんやり立つてゐた。午後八時頃でもあつたらう。 八が頭の中は混沌(こんとん)としてゐる。飲みたい酒の飲まれない苦痛が、最も強い感情であつて、それが悟性と意志とを殆(ほとん)ど全く麻痺(まひ)させてゐる。 八の頭の中では、空想が或る光景を画(ゑが)き出す。土間の隅(すみ)に大きな水船(みづぶね)があつて、綺麗(きれい)な水がなみなみと湛へてある。水道の口に嵌(は)めたゴム管から、水がちよろちよろとその中に落ちてゐる。水の上には小さい樽が二つ三つ浮いてゐる。水船のある所の上に棚が弔(つ)つてあつて、そこにコツプが伏せてある。そのコツプがはつきり目の前にあるやうに思はれるので、八はも少しで手をさし伸べて取らうとする処であつた。

  • 坂口安吾 戯作者文学論 ――平野謙へ・手紙に代へて――

  • 寺田寅彦 浅草紙

    十二月始めのある日、珍しくよく晴れて、そして風のちっともない午前に、私は病床から這(は)い出して縁側で日向(ひなた)ぼっこをしていた。都会では滅多に見られぬ強烈な日光がじかに顔に照りつけるのが少し痛いほどであった。そこに干してある蒲団(ふとん)からはぽかぽかと暖かい陽炎(かげろう)が立っているようであった。湿った庭の土からは、かすかに白い霧が立って、それがわずかな気紛れな風の戦(そよ)ぎにあおられて小さな渦を巻いたりしていた。子供等は皆学校へ行っているし、他の家族もどこで何をしているのか少しの音もしなかった。実に静かな穏やかな朝であった。 私は無我無心でぼんやりしていた。ただ身体中の毛穴から暖かい日光を吸い込んで、それがこのしなびた肉体の中に滲み込んで行くような心持をかすかに自覚しているだけであった。 ふと気がついて見ると私のすぐ眼の前の縁側の端に一枚の浅草紙(あさくさがみ)が落ちている。

    Nean
    Nean 2021/01/16
    「浅草紙」といへば。
  • 中原中也 詩人は辛い

    私はもう歌なぞ歌はない 誰が歌なぞ歌ふものか みんな歌なぞ聴いてはゐない 聴いてるやうなふりだけはする みんなたゞ冷たい心を持つてゐて 歌なぞどうだつてかまはないのだ それなのに聴いてるやうなふりはする そして盛んに拍手を送る 拍手を送るからもう一つ歌はうとすると もう沢山といつた顔 私はもう歌なぞ歌はない こんな御都合な世の中に歌なぞ歌はない 底:「中原中也詩集」角川文庫、角川書店 1968(昭和43)年12月10日改版初版発行 1973(昭和48)年8月30日改版13版発行 初出:「四季 第一二号」 1935(昭和10)年10月5日 入力:ゆうき 校正:木浦 2013年6月19日作成 2018年12月27日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、

  • 折口信夫 歌の円寂する時

    ことしは寂しい春であった。目のせいか、桜の花が殊に潤(うる)んで見えた。ひき続いては出遅れた若葉が長い事かじけ色をしていた。畏友(いゆう)島木赤彦を、湖に臨む山墓に葬ったのは、そうした木々に掩(おお)われた山際の空の、あかるく澄んだ日である。私は、それから「下(しも)の諏訪」へ下る途(みち)すがら、ふさぎの虫のかかって来るのを、却(しりぞ)けかねて居た。一段落だ。はなやかであった万葉復興の時勢が、ここに来て向きを換えるのではないか。赤彦の死は、次の気運の促しになるのではあるまいか。いや寧(むしろ)、それの暗示の、寂(しず)かな姿を示したものと見るべきなのだろう。 私は歩きながら、瞬間歌の行きついた涅槃那(ねはんな)の姿を見た。永い未来を、遥かに予(か)ねて言おうとするのは、知れきった必滅を説く事である。唯近い将来に、歌がどうなって行こうとして居るか、其が言うて見たい。まず歌壇の人たちの中で

  • 久保田万太郎 三の酉

  • 原民喜 廃墟から

    Nean
    Nean 2020/08/09
    「夏の花」3
  • 原民喜 夏の花

    私は街に出て花を買ふと、の墓を訪れようと思つた。ポケットには仏壇からとり出した線香が一束あつた。八月十五日はにとつて初盆にあたるのだが、それまでこのふるさとの街が無事かどうかは疑はしかつた。恰度、休電日ではあつたが、朝から花をもつて街を歩いてゐる男は、私のほかに見あたらなかつた。その花は何といふ名称なのか知らないが、黄色の小瓣の可憐な野趣を帯び、いかにも夏の花らしかつた。 炎天に曝されてゐる墓石に水を打ち、その花を二つに分けて左右の花たてに差すと、墓のおもてが何となく清々しくなつたやうで、私はしばらく花と石に視入つた。この墓の下にはばかりか、父母の骨も納まつてゐるのだつた。持つて来た線香にマツチをつけ、黙礼を済ますと私はかたはらの井戸で水を呑んだ。それから、饒津公園の方を廻つて家に戻つたのであるが、その日も、その翌日も、私のポケツトは線香の匂がしみこんでゐた。原子爆弾に襲はれたのは、

    Nean
    Nean 2020/08/09
    「夏の花」2
  • 原民喜 壊滅の序曲

    Nean
    Nean 2020/08/09
    「夏の花」1
  • 萩原朔太郎 悲しき決鬪

  • 萩原朔太郎 詩に告別した室生犀星君へ

  • 宮沢賢治 やまなし

    二疋(ひき)の蟹(かに)の子供らが青じろい水の底で話していました。 『クラムボンはわらったよ。』 『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』 『クラムボンは跳(は)ねてわらったよ。』 『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』 上の方や横の方は、青くくらく鋼(はがね)のように見えます。そのなめらかな天井(てんじょう)を、つぶつぶ暗い泡(あわ)が流れて行きます。 『クラムボンはわらっていたよ。』 『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』 『それならなぜクラムボンはわらったの。』 『知らない。』 つぶつぶ泡が流れて行きます。蟹の子供らもぽっぽっぽっとつづけて五六粒(つぶ)泡を吐(は)きました。それはゆれながら水銀のように光って斜(なな)めに上の方へのぼって行きました。 つうと銀のいろの腹をひるがえして、一疋の魚が頭の上を過ぎて行きました。 『クラムボンは死んだよ。』 『クラムボンは殺されたよ。』 『クラムボン