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2016年11月6日のブックマーク (3件)

  • 何もかもが凍り付く、世界で最も寒い定住地、ロシア・オイミャコンの日常がわかる写真 : カラパイア

    先日、生きていくには辛すぎる地獄のような場所の1つにランクインしていた、極寒地獄のオイミャコン村についてもうすこし詳しく紹介しよう。 ロシア、東シベリアのサハ共和国にあるオイミャコン村は、北極圏のわずかに南に位置しており、世界で最も寒い定住地と言われている。一年の半分以上が冬でその気温はマイナス50℃を下回ることも度々だ。1924年2月6日、当時ソ連だったオイミャコンの気象観測所が、マイナス71℃というとてつもない気温を記録した(ただし測定法には議論がある)。 写真家のアモス・チャップルは、北半球でもっとも厳寒な地とはどんなものなのかに興味を持ち、2012年の冬、オイミャコン村に出かけた、その様子をフィルムに収めた。

    何もかもが凍り付く、世界で最も寒い定住地、ロシア・オイミャコンの日常がわかる写真 : カラパイア
  • 伸びるのは、「必死」にやる人ではなく「夢中」でやる人

    ケニア・ナッツ・カンパニー創業者、オーガニック・ソリューションズ代表取締役社長。1939年生まれ。宮城県志津川町(現・南三陸町)で幼少期をすごす。1963年、東京外国語大学インド・パキスタン語学科を卒業後、アフリカ独立運動の父、クワメ・エンクルマに憧れて日人初の留学生としてガーナ大学で学び、修了後はケニア・東レ・ミルズに現地職員として入社。31歳で退職子を連れて日に一時帰国。「やっぱり、アフリカで何かやりたい」と決意し、32歳で単身ケニアに戻り、鉛筆工場、製材工場、ビニールシート工場など、小規模なビジネスを次々と立ち上げ、うち一つを最終的にケニア・ナッツ・カンパニーとして世界5大マカダミアナッツ・カンパニーに成長させる。2008年に同社をタダ同然でケニア人パートナーに譲渡したのちは、微生物を活用した公衆衛生・肥料事業をケニア、ルワンダで展開。 アフリカで25万人の生活を変えた日

  • PPAPのピコ太郎、自称53歳の世界進出「頑張ってる段階でまず失敗はない」(インタビュー)

    パンチパーマにマジックで書いたヒゲ。ヒョウ柄の衣装にサングラス。見るからに怪しい「ピコ太郎」(自称53歳)が、1980年代のテレビゲームのようなピコピコサウンドに乗って踊る「ペンパイナッポーアッポーペン」は、ネットにのって世界的なヒットになった。 「正直言うと僕自身はよくわからないです。ただ古坂さんが分析するには、まずはパピプペポ。People、Post、Pineapple、Pantsっていう破裂音が気持ちいい。そして英語である。くだらねえのを思い切りやってる。この3つだと思うんですね」

    PPAPのピコ太郎、自称53歳の世界進出「頑張ってる段階でまず失敗はない」(インタビュー)