2016年4月3日のブックマーク (2件)

  • 1985年に誕生した「卒業」という名のマスターピース 尾崎豊 篇

    海外進出から40年!ラウドネス「THUNDER IN THE EAST」不屈のロック魂が燃え続ける理由 1985年にリリースされた4枚目のシングル「卒業」 尾崎豊について何かを語るのは当に難しい。なぜなら、尾崎豊というアーティストに対する熱量を持つ人とそうでない人が圧倒的に分かれるからだ。 当時、スプリングスティーンや佐野元春が好きだった僕からすると、彼の存在は気になっていたし、デビューアルバムに入っていた「十七歳の地図」は大好きな曲だった。でもこの「卒業」は違った。 決して嫌いではないけど、受け止める感触というか温度が違ってしまった。自分が高校を卒業する前にこの曲を聞いていたら、もっと深くのめり込んだのでは? と思ったこともある。だけど恐らく、それはタイミングだけのせいではない。 たった1年で、無名の青年から若者のカリスマへ 「卒業」がリリースされる1年前、デビューした頃の尾崎豊を知っ

    1985年に誕生した「卒業」という名のマスターピース 尾崎豊 篇
    Reminder
    Reminder 2016/04/03
    1985年に誕生した「卒業」という名のマスターピース 尾崎豊 篇
  • 初めてのエイティーズ体験、15の朝は甘酸っぱいカフェ・ブリュの恋

    ゼロ年代後半、都内の男子高校に通っていた僕は、「他のクラスメイトとは違うんだ!」などと思いながら「古い」洋楽ばかり聴いていた。僕の通学圏内には、渋谷・原宿・新宿があり、タワレコ・ユニオン・レコファン... 情報には事欠かなかった。ブリティッシュ・ビートやパンクを愛聴していた僕が、ザ・ジャムの魅力に取り憑かれたのは必然で、ウェラーの熱気に憧れた僕は、彼がザ・ジャム解散後「オシャレ路線」に移ったことが理解できず、半ば貶していた。 家から駅まで徒歩で通っていた僕は、毎朝会うある女の子に「勝手に」恋をした。横浜のお嬢様女子校に通う子だった。男子校に通う僕は、会話にも詰まるウブなヤツだった。毎朝、その子の通る時に合わせて家を出た。駅までは10分弱。乗る電車は反対方向。それでも、15歳の僕には毎朝の「デート」が楽しみで仕方なかった。制服や髪型をなんとかモッズ風にアレンジしたり、朝起きることがこれほど楽

    初めてのエイティーズ体験、15の朝は甘酸っぱいカフェ・ブリュの恋
    Reminder
    Reminder 2016/04/03
    初めてのエイティーズ体験、15の朝は甘酸っぱいカフェ・ブリュの恋