リスボン建築トリエンナーレ2007 前回は芸術祭的なるものの始まりについて振り返ったので、今回は筆者が企画にかかわった事例を通じて、どのような現場なのかを紹介しよう。 初めて参加したのは、第1回のリスボン建築トリエンナーレ2007だった。日本セクションのキュレーションを担当してほしいという1通のメールが舞い込んできたことから、プロジェクトは始まった。しかし、会場は当然無償で割り当てられた場所を使えるにしても、展示や渡航の予算は一切、先方からは出ない。こちらからファンドレイジングしないと、展覧会は成立しない。それでも参加しようと思った理由の一つは、アルヴァロ・シザが1998年のリスボン万博のときに設計したポルトガル館が会場だったからである。建築系の人間にとって、尊敬できる地元の巨匠の作品で展示できることは大きな動機になった。ともあれ、小額のお金を集めながら、参加者は自腹になるのは見えていたの