ブックマーク / hoshinot.asablo.jp (6)

  • 「私たちの部落問題」: 星野智幸 言ってしまえばよかったのに日記

    6月25日(日)に上智大学で行われた「私たちの部落問題」という講義とトークのイベントに行ってきた。当に当に素晴らしかった。心から、参加してよかったと思った。 上智大学の出口真紀子先生の「立場の心理学:マジョリティの特権を考える」という授業の枠であり(この授業自体、すごく魅力的)、かつABDARC(アブダーク)というグループが企画した公開イベントでもあるため、学生も外部の人もいろいろと混ざり合い、会場を直前に大きな教室に変えねばならないほど、ぎっしり満席に近かった。 ABDARCとは(Anti-Buraku Discrimination Action Resource Center)の略で、「鳥取ループ裁判」という非常に悪質な部落差別事件の裁判に関わりながら、差別全般をなくすよう取り組んでいる、若い世代の有志の集まりである。「鳥取ループ」とは、「全国各地の被差別部落の所在地などの情報をイ

    SasakiTakahiro
    SasakiTakahiro 2017/06/27
    この「私たち」には、私も入る。
  • 大相撲中継が「スター主義」化している: 星野智幸 言ってしまえばよかったのに日記

    SasakiTakahiro
    SasakiTakahiro 2017/05/19
    こういう物語の作り方は、やがて相撲を衰退させる。
  • 稀勢の里と横綱昇進の基準について: 星野智幸 言ってしまえばよかったのに日記

    SasakiTakahiro
    SasakiTakahiro 2016/09/13
    もう横綱にしてあげてもいいいんじゃない。
  • 2012年5月26日(土): 星野智幸 言ってしまえばよかったのに日記

    売れっ子お笑いタレントの親が生活保護をもらっていたことが詳らかにされ、大バッシングが起こり、厚生労働大臣が生活保護の給付水準を引き下げることを検討し始める、というニュースを、ソウルに住みながらネットで知って、また殺人未遂が起きているのか、と暗澹たる気持ちになった。 この件で異様さを感じるのは、生活保護の実態への関心など当はなく、ただ世間の何でもいいから叩いてやりたい、バッシングしたいという気分に、人気の芸能人がらみという点がうってつけだったために騒ぎが大きくなっただけなのにもかかわらず、政治が動いている点だ。政治を動かす要素は、もはや現場の実情や構造、その分析ではなく、世の中の漠然とした気分へと、すっかり取って代わっている。 バッシングを受けて政治生活保護水準を下げたりしたら、どのようなことが起こるか。ただでさえ、社会から経済的社会的にこぼれ落ちて、生存の瀬戸際にいる大量の人たちを、死

    SasakiTakahiro
    SasakiTakahiro 2012/05/26
    私たちがバッシングし、叩こうとし、殺そうとしているのは、「俺」なのだ。自分なのだ。私たちは、おぞましい悪夢を生きている。
  • 2011年7月19日(火): 星野智幸 言ってしまえばよかったのに日記

    女子サッカーを見始めた10年前、強豪国であったのは、王者アメリカドイツ、スウェーデン、カナダ、中国北朝鮮などであった。この名前を見ていて気づくのは、北方の欧米諸国か、東アジアの社会主義国だということだ。両者に共通するのは、女性の社会進出が相対的に進んでいるという点である。 女子サッカーの隆盛は、フェミニズムとともにある。女子サッカー文化の発展を牽引しているアメリカは、性差別を超えるプログラムの一環として、女子サッカー教育に力を入れた。その結果、女子サッカーアメリカでは、「女こども」がするスポーツとなった。同様に、フェミニズム先進国であるドイツやスウェーデン、カナダといった北方の欧米諸国で、女性たちが積極的に関わってきた。男女同権が党是である「共産主義国」の中国北朝鮮では、その国家主義的強化もあって、いち早く強豪化した。そこで隆盛化したのは、力と体格を前面に押し出すパワーサッカーだっ

    SasakiTakahiro
    SasakiTakahiro 2011/07/20
    女子サッカーの隆盛は、フェミニズムとともにある。女子サッカーは、たんに、男子のしていたサッカーを女性がしているのではない。
  • 2011年6月1日(水): 星野智幸 言ってしまえばよかったのに日記

    言論業界にいて仕事をしていると、書いた文章や発言に共感して信用していた人について、実際に知り合って普段の言動に接したとたん、ええ!こんな人だったの? あまり信用できない、と感じることがしばしばある。それでも、言葉を書くのが仕事の場合は、書かれた文章こそが肝心なのだ、だから人柄には目をつむることも大いにありうるのだ、と思ってきた。 だが、最近はそうは思わない。書かれた言葉よりも、態度こそが肝心だと思っている。なぜなら、それなりに影響力のある人間が、言葉ではいいことを言っておいて、態度ではそれを裏切るということが、今の日の体質を作ってきたと感じるからだ。つまり、個々人の信頼関係よりも、空気や流れが重視される社会はそうしてできあがった。原発事故後の情報の公開をめぐって、社会が成り立たないほどに信用が崩壊しているのも、空気や流れを作ればすべてがコントロールできると権限のある者たちが考える、という

    SasakiTakahiro
    SasakiTakahiro 2011/06/02
    言動を信用できる人は、社会にたくさんいる。その人たちの大半は、有力者でもないし、影響力のある言論人でもない。それで構わない。
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