「自炊」の是非 新しい「紙」(1/4) 電子書籍市場は依然として立ち上がらないが、出版社がもたもたしているうちに紙の書籍や雑誌を裁断して自分でスキャンし電子書籍にしてしまう「自炊」が、すでに隠れたブームになっている。その「自炊」関係では、9月5日に大手出版社や作家が自炊代行業者100社に質問状を出し、それに対して代行業が上から目線だと反発しているという記事を、9月19日の朝日新聞が『自炊代行業と出版社対立』として報道している。 音楽CDからパソコンでデータを読取り、携帯音楽プレーヤーに書き込んで聞けるようにする「リッピング」行為の書籍版が「自炊」だ。しかし自炊の場合、手間をかけないで行うには、元になる本の背を切り落としてページをバラバラにする必要がある。裁断しないでスキャンしようとすると、1ページずつ開いてスキャナーに置いてボタンを押して…という行為を数百回繰り返すことになり、たいていの
「ジャスミン革命」の後の不気味さ(1/3) 3日、エジプトのカイロで、ムバラク元大統領の裁判が始まった。心臓病を治療中の元大統領はベッドに寝た状態で出廷し、檻の中から罪状を否認した。 当日のカイロの様子を伝えるテレビを見ていて、おや、と思った。街頭の集会に出ている人々の服装だ。ガラベイヤと呼ばれるアラブ風の長衣を着たおじさん、黒いベールをかぶったおばさんの姿が目立っていたのである。政権を倒した1月のデモと様子が違う。 1月のデモでは、テレビに映る参加者のほとんどが若者だった。ジーンズにTシャツ、スニーカー姿で、携帯電話で情報を交換しながらデモをしていた。英語やフランス語のプラカードを持った者もいる。明らかに中流階級の若者、という感じだった。それに比べ、今度の集会参加者は下町に住む下層階級の人たちという印象なのである。 ガラベイヤのおじさんやベールのおばさんは保守的で、ふだんはデモや集
続・メディアの責任―逆オオカミ少年の危険(1/4) 原発事故についてメディアにどのような報道責任があるかについて、前回に引き続き今回も触れさせていただきたいのです。少ししつこい印象もあることは承知しておりますが、日本が完全な「脱原発国家」に明日から生まれ変わることは困難であり、一定期間(それも10年単位の長さで)原発に一定比率依存せざるをえない現実を見据えるなら、メディアの果たす役割がきわめて大きいと判断するからにほかなりません。同じことが起きてはならないのです。 注意を喚起したいのは、ニューヨークタイムズの記事(3月16日)です。この記事の中で、同紙は福島原発が日本側の公表よりはるかに深刻な事態に陥っていることを指摘していました。それができたのは、米国の核実験監視モニターが正確に放射能の分散を把握していたからで、米第7艦隊は自身のモニターに基づき日本近海の海軍戦艦を退避させました。いま
原発をめぐる思いがけない発見(1/5) 最近の紙面で、私がひときわ興味を引かれたのは、8月6日の朝日新聞朝刊オピニオン面(13面)である。ページを繰っているうちに出会ったもので、思いがけない発見だったといっていい。 この日のオピニオン面には、大型インタビュー1本と、論考「私の視点」2本が載った。 「中国の原発」と題したインタビューの相手は、中国科学院理論物理研究所研究員の何祚庥(ホー・ツオ・シウ)さん。紹介文に従えば、〈国のエネルギー政策に異論を唱えることが難しい国情の中で、「原発大躍進」に警鐘を鳴らす老科学者〉である。 「私の視点」のうち着目したのは明治大学准教授(原子力工学)勝田忠広さんの論。〈原子力の利用 軍事と平和で二分するな〉と見出しが付けられている。 まず、勝田准教授の「私の視点」から。論は、こう始まる。 〈核兵器は原子力の軍事利用、原子力発電は原子力の平和利用といわ
南スーダン独立に絡む中国(1/3) 7月9日、スーダンから分離して南スーダン共和国が独立した。アフリカ54番目の国家の誕生だ。主な国民はディンカと呼ばれる人々で、男性は身長2㍍に及ぶ長身族である。その大きな人たちが独立を祝って歌い、踊る様子は、テレビで見ていても迫力があった。 ところで、彼らが踊っていた首都ジュバの独立祝賀会場は、中国企業がつくったものだと報じられた。おっと、という感じがした。会場設営に関して入札があった様子はない。ということは、中国企業が新政府幹部に直接オファーし、設営を引き受けたということだ。そのやり取りの裏に何があったのか、気になるのである。 分離前のスーダンは、二つの異なる社会がひとくくりにされた国家だった。ひとつは北部アラブ系社会、もうひとつは南部アフリカ系社会である。北のアラブ系社会はアラビア語を話し、遊牧が基本で、イスラム文化を持つ。南のアフリカ系社会は部
悪の中の、よりましな悪の選択(1/5) 「民主主義は最悪の政治形態と言うことができる。これまでに試みられてきたあらゆる政治形態を除けば」 これはウインストン・チャーチルの言葉として知られています。要するに、民主主義はそれさえあれば全てがうまくいくなどという立派な代物ではなく、衆愚政治にもなりかねないし、物事を決めるまでに時間のかかる効率の悪い政治システムかもしれないけれど、さし当たってこれに代わるものが見当たらないという意味でしょう。 民主主義思想の底には、ある種の諦観があるようです。人間は神様ではないのだから、困ったこともするし、悪いこともする。自分のことばかり考えて権力を乱用することもある。だから、いろいろな制度を設けておき、権力者をチェックする。いわば、民主政治は人間性悪説の上に成り立っているのかもしれません。 ところが、東洋の思想は…
「立ち入り禁止」にどう向き合うか(1/5) 「大震災にからんで、私がいま一番憤っているのは、社会部記者が現場に行かないことです」。先日開かれた大学のクラス会で、近況報告した1人が、短くそれだけ言った。かつて新聞社の社会部と週刊誌編集部で働き、途中でフリーライターに転じた男である。 所用で中座した私には、その意味合いを細かく確かめる余裕がなかった。けれど、私なりの解釈はある。友人知己から、これに類した言葉を聞くからだ。 もちろん、現役の社会部記者のみなさんは大震災の直後から現場に入り、精力的に取材を続けている。日々の紙面を見れば、明らかだ。しかし、それは仕事として当然であり、「知りたい」という読者の要望に紙面が応えているかどうかは、また別の問題である。 なるほど、被災した現地からの報告は続々と届いている。悲しい話、無残な話、その中でポッと心が温まる話を私もたくさん読んだ。自治体の苦労を
情報発信はわかりやすく(1/7) 節電とピーク対策の違い 政府の東日本の電力需給対策案が13日に発表された。10日の発表予定が中部電力浜岡原子力発電所停止の影響で延期されていた。福島県広野火力発電所復旧の目処がついたためか、浜岡停止にもかかわらず内容はこれまでの案と特に大きな違いはないようだ。 7月から9月まで、平日の午前9時から午後8時まで、15%節電を行うというもの。当初の案の午前10時から午後9時までに比べて1時間早まった。昨年の消費電力ピークの日の時間帯に沿うようにしたとのこと。 しかし、夏は落雷などで送電網や変電所がやられて発生する停電も多い。発電所がなんらかの事故で停止することもある。現在動いている柏崎原子力発電所1、7号機は8月には定期点検に入る。発電余裕のない送電網は落雷などの連鎖反応で簡単に電力崩壊してしまう。 首都圏ではほとんど報道されなかったが、先に新潟で夕方
震災報道を検証する(1/7) 3月11日から一ヶ月以上が経った。東日本大震災の検証や総括する記事も目立つようになってきた。ここでは、震災自体でなくその報道の方を検証してみたい。 大震災の初の報道は翌3月12日の朝刊。異様だったのは一番厚い日経でも24ページ、他紙は20ページと新聞が皆薄かったことだ。しかし当日はそれとして、それ以降も新聞のページ数が少ない状況が続いている。これからも紙不足やインク不足が心配されているので、この状況は長期化するかもしれないということ自体が今回の震災の影響のケタ違いの大きさを語っているとも言えるだろう。 3月12日の朝刊では、すでに福島第一原子力発電所の問題が大きく報道されているがまだトップ扱いではない。それが12日の午後に1号機で水素爆発が起こり、翌13日には福島第一原子力発電所の記事が各紙とも最も大きく報じられるようになる。そして13日から突然決まった計
大惨事の後 価値観が変わる(1/5) 大惨事の後には、必ずと言っていいほど価値観の大きな変化が起きます。日本人が味わった最大の惨事は、第二次世界大戦でした。敗戦後、制定された憲法を見れば、新しく生まれたものが何であるかがほぼ分かるというものです。 ベトナム戦争もまた惨事のひとつでした。当時のマクマナラ国防長官の回想録を読むと分かりますが、アメリカの合理主義はホーチミンの率いる民族主義の前で敗れ、「力の強い者が勝つ」という物差しが必ずしも通用するわけではないという歴史が作られました。マッチョで単純なアメリカ文化に陰影が生まれた出来事でもありました。 ニューヨークの世界貿易センタービルが崩壊した9・11事件は、戦争が最早、国と国との間に生じる戦いだけではなくなったことを示す出来事でした。国家という枠組みだけでは物事を捉えることができないことを示す事件となりました。
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