ある芸術家の伝記(biography)を書くこと、つまりその人の「生(bios)」を文字にとどめようとする営みは、作品と生との関係をめぐる問いを含まざるをえない。現実と作品との単純な反映論に飽き足りなさを感じる伝記作家にとって、精神分析はそのための強力な武器となる。 一方、美術史にフロイトやラカンの理論を導入することにより、モダニズム美術の分析にあらたな展望を開拓してきた批評家がロザリンド・クラウスである。作品の形式的構造自体のなかに無意識の論理を読みとるその議論は、伝記的な応用精神分析とは対照的だ。しかし、そこで見出された構造は時として、汎用の図式と化してしまう危険を孕んでいた。 クラウスの『ピカソ論』(青土社)は、数多くの伝記がものされてきた画家を主題とし、精神分析を以前よりもはるかに慎重に援用しつつ、伝記という言説それ自体を反省的な考察の対象としている。ジッドの『贋金使い』をめぐる記