2007年8月17日のブックマーク (6件)

  • tanka18 坂口弘 または、獄中に咲け悔悟の白い花

    YOW
    YOW 2007/08/17
    浅間山荘事件死刑囚の歌集。表現の直球さ、素人っぽさに、かえって凄まじい印象。>「独房の小さき水槽(タンク)に芽生うる生グッピーの赤ちゃん復活祭(イースター)の朝に」移動http://lapin.ic.h.kyoto-u.ac.jp/tanka/tanka/tanka18.html
  • 立ち読み:『ワードマップ エスノメソドロジー』──「あたりまえ」に学ぶ社会学 - 日曜社会学/エスノメソドロジー番外地

    前田泰樹・水川喜文・岡田光弘 編 『ワードマップ エスノメソドロジー──人びとの実践から学ぶ』(新曜社、2007年8月刊行) このは、おもに学部生や社会学隣接領域の研究者などを対象としたエスノメソドロジーの入門的概説書です。「すぐれたEMの入門書は、それ自体、すぐれた概念分析の書でもあるはずだ」という考えのもとで、エスノメソドロジーのもっとも基的な 考え方を解説しています。若手研究者を中心とした執筆陣が 研究会を重ねて、互いの原稿を繰り返し検討しあいながらつくりました。 このコーナーには、内容の概略がうかがえる「立ち読み」用の記事を掲載しています。購入や教科書採用の検討の際に 参考にしていただければと思います。 エスノメソドロジー・会話分析研究会のサイト には、編者への一問一答などを含む 「研究会会員の著作紹介」 のページがあります。 その後、2009年と2016年に 書参加者を中心

    立ち読み:『ワードマップ エスノメソドロジー』──「あたりまえ」に学ぶ社会学 - 日曜社会学/エスノメソドロジー番外地
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    YOW 2007/08/17
    内容の立ち読みコンテンツ。>「常識的知識・推論」という名の下に提出された理解の形式や知識産出の方法:実践の探求で出発点とするからこそ、非日常的な異常な振舞いも十分に扱いうる
  • http://awarm.blog4.fc2.com/blog-entry-305.html

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    YOW 2007/08/17
    人権/特権>民主主義は元々平等(ソーシャル)と同義に受け取られていた(英国では今でも平等<<公平)主眼は権力の大きさよりむしろ権力への参加←最初から自由や自律を持つ層にとっての権力は「制限したい権力」
  • パルメニデス -存在論から宇宙論へ- 岩野秀明  

    パルメニデス 存在論から宇宙論へ 岩野秀明 Parmenides ―From Ontology to Cosmology― Hideaki IWANO [目次] 概要 (プラトンとパルメニデス) (最初の存在論) (現象的世界の問題) (アルモノ eon と宇宙) (‘根源的多義性’による方法) 注 pdfで読む

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    YOW 2007/08/17
    むはー古代の形而上。>パルメニデスの存在論は、よく、形式論理学の公理である同一律や矛盾律をはじめて定式化したとして形式論理学の祖のように言われることがある。
  • ソール・クリプキ『名指しと必然性』 - logical cypher scape

    名前の「指示」と同一性について、クリプキの講義を書籍化したもの。 もとが講義であるために、厳密な論証が続くというわけではなく、口語体での説明が書かれている。それ故の読みやすさと読みにくさがある。 フレーゲ−ラッセルから続く「記述説」に対する反論がなされていくわけだが、それに先だって、まず「アプリオリ」「アポステリオリ」と「必然的」「偶然的」といった概念の整理がなされる。 クリプキは、ともすると同義語と使われがちな「アプリオリ」と「必然的」という言葉は区別されなければならないという。「アプリオリ」とは認識に関わり、「必然的」とは一種の形而上学に関わる語である。アプリオリに知られる偶然的な知識もあれば、アポステリオリに知られる必然的な知識もある。後者の代表的なものは数学についての知識である。数学の定理の証明などは、アプリオリに知られることはない。計算などを通じて、アポステリオリに知られる。例え

    ソール・クリプキ『名指しと必然性』 - logical cypher scape
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    YOW 2007/08/17
    >心脳問題については、クリプキなりの解決策というより、心脳問題に関し同一説を主張する人達の使うアナロジーの不備を指摘。彼の同一性は形而上学の領域にあり、認識的状況において同一でも、それは同一ではない
  • 斎藤環と茂木健一郎の往復書簡「脳は心を記述できるのか」 第1信 「価値のクオリア」は存在するか?(斎藤環)

    斎藤環から茂木健一郎への手紙 はじめまして。 はじめておたよりします。斎藤環と申します。 茂木さんの著書は何冊か読ませていただきましたが、その精力的な活動のすべては、とうていフォローし切れていない点をまずお詫びいたします。 そのかわりといってはなんですが、妙なエピソードからはじめさせていただきます。 じつは私は、茂木さんとこれまでに何度かニアミスしているんですよ。たとえば、私は2006年の夏休みにフライブルクに行ったんですが……(といえばピンと来るかも知れませんね)、ルフトハンザ機内で私たち家族の斜めうしろに茂木さんが座っておられました。驚いたのは、往路だけならまだしも、復路の機内でもほぼ同じ位置関係で、なんというか、この「偶有性」には驚かされました。思えばあの時点で、この企画は萌芽的かつ徴候的に成立しつつあったのかもしれませんね(笑)。 私の茂木さんへの親近感はこれに留まりません。私たち

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    YOW 2007/08/17
    >私にとっての倫理とは何より「美」や「実感」に最大の価値を見いださないための、思考の拘束具。←ex.典型的なマインド・コントロールとは:懐疑を捨てれば捨てるほど、クオリアへの感受性が高まる臨床的事実