なぜ誰もやらないんだと嘆くより、まずは自分がその"誰もやらないうちの一人"であることを認めよう p.91
GPT-4は、OpenAIが開発した最先端の人工知能です。このAIはさまざまなことができます。どのようなことができるのか、ぜひ自分の目で確認するとよいでしょう。 しかし、GPT-4を使うには、クレジットカードで月額20ドルの支払いが必要です。このため、小中高生及び高専生の皆さんの中には、興味があっても親が理解してくれなくて経験できない人がいると思います。これは機会損失です。 そこで、私は日本中の中高生にGPT-4の体験機会を提供したいと思っています。予算は25万円で始めます。これによってサブスクリプションでは約100人分、API利用では約1万回の質問が可能になります。 少し自己紹介をします。私は未踏ジュニアのメンターをやっていて、毎年の100件以上の応募に目を通しています。その中には「やりたいこと」はあるが「最初の一歩をどう踏み出して良いか」が分からず困っているものがいくつもあります。身近
2017年から私たちの会話の中心となったテーマ、それは「コンテストへの応募」についての話です。Twitterで「~に応募したいので仲間を募集!」と書いている人々を目にしたことがきっかけで、この問題について考えを巡らせるようになりました。しかし、その後5年を経て考えるに、この問題はコンテストへの応募に限らず、より一般的な視点で捉えるべきかもしれません。 古いアフリカの諺に、「速く行きたければ一人で進め、遠くまで行きたければ皆で進め」という言葉があります。しかし、この言葉に込められた教訓を適用するには注意が必要です。人数が増えれば必ずしも成功確率が上がるわけではない。チームの一員として一緒に歩む人々を選ぶという行為は、目指す方向性が一致しなければ逆効果になり得ます。そして、それは特にSNSであいまいに「仲間募集」する場合に真実となります。 一人で進むことが困難な場合、その困難さを克服するために
曲がっている道ではインコース(A)の方がアウトコース(B)よりも速く先に進むことができる。 だからこれを「最速のコース」と考えてしまいがち だがこれは「コース」という制約の下でAがBよりマシであるというだけのことに過ぎない 制約を取り払って考えると、まっすぐ進むCが最速であり、圧倒的に速い Cと比べるとAとBの差なんて大したことはない --- その「制約」は本当に動かせないものなのか、それとも人
「当たり前」を言葉にする 当たり前は仮説 「当たり前だから言わなくても伝わっているはず」は仮説に過ぎない 考え方が似た人だけで集まっていると、言わなくても伝わるような誤解をしてしまう 人間の考え方は多種多様なので、自分の考えは言わなければ伝わらない 「当たり前だから書くまでもない」と思っていることも、あえて書くことで理解の抜けに気がつく 当たり前をあえて書く 書くというアウトプットによって、自分の
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く