被災前の摂待水門。水門上部に操作室があり、畠山さんら消防団員が駆けつけた(岩手県宮古土木センター提供) 東日本大震災が起きた3月11日、岩手、宮城県の沿岸では、大津波警報が発令される中、少なくとも72人の消防団員が水門・門扉閉鎖のため海へ向かった後、死亡・不明となった。 非常勤特別職公務員とはいえ、普段は一般市民として生活する人たちだ。住民を守るという使命感ゆえに犠牲になったが、これほど危険な業務を現状のまま委ね続けていいのか。「遠隔操作できる水門を」。関係者は悲痛な声を上げている。 「地震があれば、住民は山へ向かうが、消防団は海岸に向かわなければいけない」。地震後、水門に向かった岩手県釜石市の消防団第6分団副分団長の佐々幸雄さん(58)はそう語る。 仲間の分団員のうち、別の水門に向かった2人が犠牲になった。2人は港近くの水門を閉めた後、避難誘導中やポンプ車の移動中に津波にのまれたらしい。