2011年3月30日のブックマーク (3件)

  • 被災者に余計な不安を与えたフランスからの助言 チェルノブイリの時の経験は分かるのだが・・・ | JBpress (ジェイビープレス)

    海外に暮らす日人の多くが、母国の惨状に驚愕し、泣けて泣けて仕方なく、けれども、「具体的には今は何もできない」と、その無力さにさらに打ちひしがれていたのが、震災直後の状態だったと思う。 私自身、電話がうまくつながらなかった実家のことを心配しつつも、すでに予定されていた仕事の約束をつとめて冷静にこなすしかなかった。 もちろんその先々で、日のことは話題になり、顔を合わせるすべての人が家族や友人たちの安否を尋ねてくれるし、すでに被災された日の人々へのお見舞いを口ぐちに述べる。 そのことをありがたく受け止めつつも、(今は何もできない)と、半ばあきらめの気持ちで、その不安と焦燥感を押し込めようとしていた。 日の支援をしてくれるなら避難用の飛行機を送ってほしい 原発の事故が報じられるとすぐ、ヨーロッパの首脳たちは、今後予定されている原発の見直しを発表した。そして「日の震災に関して、できるかぎり

    被災者に余計な不安を与えたフランスからの助言 チェルノブイリの時の経験は分かるのだが・・・ | JBpress (ジェイビープレス)
    aggren0x
    aggren0x 2011/03/30
    フランス人の逃げ足が早いのは、第二次大戦もそうだったはず。逃げることしか考えないフランス兵に呆れるイギリス兵の日記が残ってたと思う。交通事故リスクも考えられないような人間がリスク計算してるとは思えない
  • 10年後にまた来て見てくれ 惨禍に見舞われた日本人の不屈の精神 JBpress(日本ビジネスプレス)

    気仙沼港が水浸しになって燃えさかる遺体安置所と化してから9日経った日曜の早朝、人々は仕事に戻ろうとしていた。 精神科の看護師は、病院に向かう幹線道路を見つけようとして、ぬかるみの中を自転車を押していた。ところが、道は見つからない。道路は、黒焦げの住宅の骨組みや中身が飛び散った商店、1キロ近く内陸に打ち上げられた全焼した船などの瓦礫の山の下に埋もれているのだ。 変形した建物の中から、商店主のモギ・カンイチさんが笑みを浮かべ、パソコンを抱えて出てきた。「俺の仕事用のパソコンだ! 見つけたぞ!」と彼は叫んだ。 病院に向かう途中では、作業着姿の男性5人が造船所の瓦礫をウインチで巻き上げている。ここでは、ホタテ漁用のアルミ製小型モーターボートを年間50艘製造していた。現場の主任は静かな口調で、ボートは流線形のデザインで、燃費が良く、再利用が可能だと自慢する。 しかし、ボートはすべて流されてしまった。

    aggren0x
    aggren0x 2011/03/30
    Economistによる日本の官僚と民主党政府への評価を「前提」って言っちゃう人ってすごいな・・・通常「評価」が「前提」の元に下されるもので、評価自体が前提にはならないと思うけど、彼にとってはそうなんだろうな。
  • 災害情報はPDFだけでなくHTMLでも公開を、地方公共団体に通達 -INTERNET Watch Watch

    aggren0x
    aggren0x 2011/03/30
    今だけじゃなくて普段も頼みますよ。