ブックマーク / honzaru.hatenablog.com (192)

  • 『サンクチュアリ』ウィリアム・フォークナー|濃い霧の中を模索する、それを読み解く楽しさ - 書に耽る猿たち

    『サンクチュアリ』ウィリアム・フォークナー 加島祥造/訳 新潮社[新潮文庫] 2023.2.15読了 先月コロナウイルスに感染してしまったとき、何故か無性に中上健次やフォークナーの小説が読みたくなった。身体も心も弱っていたから、粘つくような力強い物語を求めたのだろうか。 コロナに感染してしまい、ようやく峠は越えたけどまだ具合が悪く自宅で療養中。 を読めないのが、を開く気分になれないのが辛いし悲しい。 どうしてだか無性に中上健次やフォークナーの小説が読みたい、と頭では思っているのに。 pic.twitter.com/8ML1T11jg8— 猿 (@hon_zaru) 2023年1月16日 読むのも凄惨な恐ろしい事件が描かれているのだけれど、フォークナーが確立したといわれる「意識の流れ」のせいか時系列があいまいで、確かに(多くの方が感じている通り)わかりづらく難解である。だからか、その凄

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  • 『僕は珈琲』片岡義男|私も珈琲|東京堂書店 - 書に耽る猿たち

    『僕は珈琲』片岡義男 光文社 2023.2.1読了 なんて味わい深い文章を書く人なんだろう。淡々とした中にも、読み手が想像を巡らせてしまう独特の空気がある。片岡義男さんの短編を読んだある編集者から「出来事だけが物語のなかに書いてある。筆者の気持ちをいくら文章のなかに探しても、それは報われない」と言われた。つまり「好ましい日語ではない」と仄めかされたことがあるそうだ。私は片岡さんの文章は結構好きだし、そういう人が少なくないから多くの人に読み続けられているのだろう。文章は、誰がどう読もうとも自由なのだ。 珈琲に関する書き下ろしのエッセイが52篇、短編小説が1つ収められている。モーニングサーヴィスを初めて体験したときのエピソードに新鮮な気持ちになれた。ハワイで珈琲のお代わりをたくさん頼むのはアメリカコーヒーだからだという気付きに妙に納得したし、ドトールのミラノサンドの話もおもしろかった。次に

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  • 『ロリータ』ウラジーミル・ナボコフ|性愛小説ではないのよね|再読のすすめ - 書に耽る猿たち

    『ロリータ』ウラジーミル・ナボコフ 若島正/訳 新潮社[新潮文庫] 2023.1.22読了 なんとなく敬遠して読んでいない人は当に勿体無いと思う。私はこの『ロリータ』を読むのは2回めだけれど、やはり傑作だと感じた。ドロレス・ヘイズ(愛称ロリータ)をその偏愛により愛し尽くし、やがては罪を犯したハンバート・ハンバートの長い長い告白による弁明である。 もう、序盤の「ニンフェット」を語り尽くす場面ではいささか気分がげんなりして、特に女性であれば吐き気を催す人もいるだろう。この性癖、嗜好、変態さ加減がぶっ飛んでいる。このが書かれたことで、多少似通った性癖を持つ人に自己肯定感を植え付けてしまった可能性もある。 それにしても、名前がハンバート・ハンバートっていうのがまた滑稽でこの小説を忘れがたく(まるで『嵐が丘』のヒースクリフのように)させる。日人だったら高田高子さんとか、真琴誠さんとかになるのか

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  • 『キルケ』マデリン・ミラー|神も人間も痛みは同じ - 書に耽る猿たち

    『キルケ』マデリン・ミラー 野沢佳織/訳 作品社 2023.1.19読了 ギリシャ神話は、ところどころのエピソードは聞いたことがあるけれど、ちゃんと読んだことはない。岩波文庫から『イリアス』や『オデュッセイア』が刊行されておりいつかは読みたいとは思うのになかなかきっかけも掴めず。この作品のタイトル『キルケ』とは、ギリシャ神話に登場する魔女として知られる。 一昨年読んだリョサ著『悪い娘の悪戯』の表紙の絵画(ジョン・ウォーターハウス作『ユリシーズにカップを提供するキルケー』)の女性がこのキルケだから、やはり悪女のイメージなんだろうなと思っていたら、この小説に登場するキルケはちょっと違う。容姿も決して良いとは言えず、出来損ないの長女として育った彼女は、兄妹からも両親からも疎まれていた。 honzaru.hatenablog.com 好きになった相手は別のだれかを好きだった、という経験をした愚か者

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  • 2022年に読んだ本の中からおすすめ10作品を紹介する - 書に耽る猿たち

    2022.06 村上春樹ライブラリーにて) 1年が経つのは当に早い…。年々そう感じるのだけれど、ブログを始めてからはなおのことそう思う。毎日ではないけれど、読んだの感想やらあれこれを日記のように文章にして残していると、たまに振り返ったときに、このこの間読んだつもりがもう2年前だったのか、などなどついつい読書感傷(私が作った造語)に浸ってしまう。読んだで歳月を図るという、読書好きあるある。 今年もやるかどうしようか迷ったのだけれど、せっかくなので。昨年2022年に私が読んだのなかからおすすめ10作品をここに紹介。読んだ作品は169作品(紙のの冊数は181冊)。一昨年より少し少なめか。昨年同様、私が読んだを「独断と偏見」によって10作をピックアップした。ランキング形式ではなく、読んだ順に載せる。読むに迷っている方、最近良いに出会えていないなと感じる方に、是非参考にしてほしい

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    aka_koushi
    aka_koushi 2023/01/04
    ありがとうございます。どれも気になって迷ってしまいますw ご紹介ありがとうございます。
  • 『罪の壁』ウィンストン・グレアム|謎の人物を追い続ける|今年も素晴らしい読書ができますように - 書に耽る猿たち

    『罪の壁』ウィンストン・グレアム 三角和代/訳 新潮社[新潮文庫] 2022.12.30読了 新潮文庫で「海外の名作発掘シリーズ」なるものがあって、昨年12月に刊行されたのがこの作品。前に読んだポール・オースターがポール・ベンジャミン名義で刊行した『スクイズ・プレー』もこの発掘シリーズだったようだ。 さて、この『罪の壁』は、1955年に記念すべき第1回のゴールド・ダガー賞(当時は前身のCWA賞の呼び名)を受賞した作品らしい。ちなみに、最近のゴールド・ダガー賞受賞作は、2020年はマイケル・ロボサム著『天使と嘘』、2019年はM・W・クレイヴン著『ストーンサークルの殺人』、遡るとそうそうたる作家が名を連ねている。これだけで期待せずにはいられない。 画家の夢破れ、航空機会社で働くフィリップ・ターナーの元に、兄のグレヴィルが自殺したという知らせが届く。出張先のカリフォルニアからイギリスに急いで帰

    『罪の壁』ウィンストン・グレアム|謎の人物を追い続ける|今年も素晴らしい読書ができますように - 書に耽る猿たち
    aka_koushi
    aka_koushi 2023/01/03
    明けましておめでとうございます。今年も書籍のご紹介、たのしみにしております。よろしくお願いします。
  • 『天路の旅人』沢木耕太郎|未知の土地を歩くことが全てに勝る - 書に耽る猿たち

    『天路の旅人』沢木耕太郎 新潮社 2022.12.22読了 第二次世界大戦末期、敵国である中国の奥深くまで潜入した諜報員西川一三(にしかわかずみ)さんのことを書いたノンフィクション作品である。西川さんは諜報員であることを隠すため、巡礼と称して蒙古人ラマ僧になりすました。しかし、もはや彼は当に巡礼の旅をしたと言えるのではないか。天路、つまり「天へつながる道・天上にあるとされる世界・鳥や月が通る空」を旅した人、悟りを開いた人間の生き様が書かれている。 西川さんは、8年間の巡礼を終えて日に帰ってきた後、『秘境西域八年の潜行』という総頁数にして2千頁にも達する紀行作品を書き上げた。人による著作があるのに、何故沢木耕太郎さんは改めて彼のことを追いこのを書いたのか。 沢木さんは西川さんと何度かお酒を飲み交わしながら話を聞くが、西川さんのことをどう書いたらいいかわからない。取材を終えた後10年程

    『天路の旅人』沢木耕太郎|未知の土地を歩くことが全てに勝る - 書に耽る猿たち
    aka_koushi
    aka_koushi 2022/12/27
    沢木耕太郎さんの最新作。この休み中に読みます! ご紹介ありがとうございます。
  • 『ラブイユーズ』バルザック|散りばめられた人生の教訓と重層的な人間模様 - 書に耽る猿たち

    『ラブイユーズ』オノレ・ド・バルザック 國分俊宏/訳 ★ 光文社[光文社古典新訳文庫] 2022.12.3読了 バルザック著『ゴリオ爺さん』を15年ほど前に読んだ時、実は最後まで読み通せなかった。おもしろさを感じられなかったからなのか、当時はまだ翻訳ものを上手く読みこなせなかったからなのか不明だ。だからバルザックについては苦手意識があった。敬愛するサマセット・モームが天才だと認めたバルザックを私は理解できないのかと、少し残念な気分を常に持っていた。 時はフランス革命直後、ナポレオン帝政から復古王政に至る時代である。この頃のフランスは動きがあってやはりおもしろい。タイトルの『ラブイユーズ』というのはある女性のあだ名である。確かに作中では稀代の悪女でなかなかの個性を放つが、ラブイユーズを中心に物語が進むわけではない。主人公といえるのは、軍人フィリップと画家ジョセフの兄弟だと思う。真のタイトルは

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  • 『嫉妬/事件』アニー・エルノー|書くことで感情を解き放つ - 書に耽る猿たち

    『嫉妬/事件』アニー・エルノー 堀茂樹・菊地よしみ/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2022.11.20読了 アニー・エルノーさんがノーベル文学賞を受賞された時には、すでにこの作品の文庫化が決まっていたようで、早川書房さんは先見の明があるなと感心していた。このには『嫉妬』と『事件』の2作の中編が収められている。文学的な意味合いでは『嫉妬』のほうが優れているように思うが、強烈な存在感を放つのは『事件』のほうだ。 『嫉妬』 嫉妬は、人間が持つ感情の中で一番といってもいいほど醜くて嫌な感情だと思う。つい最近まで付き合っていた男性に新しい彼女ができ、一緒に住むことになったという。別れたはずなのに、嫉妬心にかられて相手の女性のことを知りたくなり生きる目的はそれだけになる。完全に別れてはいない、割り切れていないから、この嫉妬は生まれてしまうのだろう。 しかし、この作品における「嫉妬」は、私たちが

    『嫉妬/事件』アニー・エルノー|書くことで感情を解き放つ - 書に耽る猿たち
    aka_koushi
    aka_koushi 2022/11/24
    嫉妬について興味を持っている?のでがぜん気になります。ご紹介ありがとうございます。フランスの方というのも気になります。
  • 『みんなが手話で話した島』ノーラ・エレン・グロース|ある共同体に生まれた文化を紐解く - 書に耽る猿たち

    『みんなが手話で話した島』ノーラ・エレン・グロース 佐野正信/訳 早川書房[ハヤカワ・ノンフィクション文庫] 2022.11.19読了 コミュニケーション手段のメインが「言葉を発する会話」によるものだという概念を覆す作品だった。アメリカ東海岸・マサチューセッツ州のリゾート地、マザーズ・ヴィンヤード島では、かつて島に住む人々みなが手話を使って話していたという。この共同体の歴史文化を紐解き、ろう者に対する考え方をまとめたのがこのノンフィクションである。 中学生の時に(今でも仲の良い友達だ)生まれつき難聴の友人がいて、その子に指文字を教えてもらった。手話ではなく、単純にアイウエオを「ア」を示す指の形、「イ」を示す指の形、といった具合に一文字づつ指の形が決められたものである。 しかしこの指文字はその友達と話すためではなく、教室で友達同士で言葉を発さずに内緒話のような形で使っていた。声を出さないか

    『みんなが手話で話した島』ノーラ・エレン・グロース|ある共同体に生まれた文化を紐解く - 書に耽る猿たち
  • 『人間のしがらみ』サマセット・モーム|幸せは苦しみと同様に意味がないもの - 書に耽る猿たち

    『人間のしがらみ』上下 サマセット・モーム 河合祥一郎/訳 ★★ 光文社[光文社古典新訳文庫] 2022.11.18読了 まさか年に2回も同じ小説を読むとは!どれだけこの作品が好きなんだろう。『人間の絆』という邦題で広く知られる名作であるが、今回訳者の河合祥一郎さんは、「絆」ではなく「しがらみ」とした。確かにミルドレッドとの関係性はもはや絆というよりもしがらみといえるかもしれない。「絆」も「しがらみ」も表裏一体であるからこの訳も頷ける。しかしタイトルから受ける印象はガラリと変わるから、なかなか思い切ったことをしたな~と思う。 作品の中でフィリップの精神を不安定にし、感情を大きく揺さぶられるのは大人になってから(特にミルドレッドとの関係)であるが、寄宿学校時代の描写には痛ましくなる。全体からみるとわずかな頁数であるのに忘れ難い。子供の頃に受けたものは(特に悪いことは)生涯忘れられず一生付きま

    『人間のしがらみ』サマセット・モーム|幸せは苦しみと同様に意味がないもの - 書に耽る猿たち
    aka_koushi
    aka_koushi 2022/11/21
    私も同じ本を何度も読むことがありますが、異なる訳者のものを読むというのは面白いかもしれません。ありがとうございます。
  • 『歩道橋の魔術師』呉明益|現実の世界にはない「本物」がきっとある - 書に耽る猿たち

    『歩道橋の魔術師』呉明益 天野健太郎/訳 河出書房新社[河出文庫] 2022.11.11読了 読んでいる自分がマジックに魅了されてしまったようだ。やられた!とかではなく、むしろ心地よい騙され感。そんな不思議な魔法に包まれている、ずっと読んでいたくなるような作品だった。 昔、街頭の大道芸人が丸く書いた円の中で、踊る人形を操っていた。どう見ても電池が入る大きさではないし、何も繋がっていない。しかし私は、斜め後ろから観客然として見つめていた男が、細い糸で人形を操る姿に気づいてしまったのだ。 その透明に近い細い糸を横切ろうとしたら、別の男性がまるで怒鳴りだすように注意をしてきた。ここで私が横切ったら人形が倒れ、大勢の観客の信頼を失うからだ。結局何もせずにその場を去ったが、このの一作目『歩道橋の魔術師』に出てくる紙の小人を読んでこの記憶が蘇った。 私が見たものはタネも仕掛けもあるマジック(大道芸か

    『歩道橋の魔術師』呉明益|現実の世界にはない「本物」がきっとある - 書に耽る猿たち
    aka_koushi
    aka_koushi 2022/11/13
    気になる作品です。ご紹介ありがとうございます。いつも興味深い書籍をご紹介いただきありがたいです。今後ともよろしくお願いします。
  • 『「幸せの列車」に乗せられた少年』ヴィオラ・アルドーネ|子供の頃には理解できなかった真意 - 書に耽る猿たち

    『「幸せの列車」に乗せられた少年』ヴィオラ・アルドーネ 関口英子/訳 筑摩書房 2022.10.29読了 日でいう屋大賞なるものがイタリアにもあるようで、それを2021年に受賞されたのがこの作品である。書店員が選ぶ賞は、作家や専門家が選ぶそれよりも大衆受けするものが多く、より多くの人に読まれている。そんなわけで、やはりとても読みやすく心に響く良い小説だった。 タイトルにある「幸せの列車」あるいは「子供列車」というのは、第二次世界大戦後のイタリアで実際に運行されていた列車だ。イタリア南部の貧困家庭の子供たちを、暮らしの安定した北部の街に届ける列車。この活動により、子供たちは一時的にせよ豊かな暮らしを確保できたのだ。 子供が見る世界はおそろしく残酷で、また一方では光り輝いている。傷つきやすい反面、一旦喜びを感じると感情露わになる。この作品の語り手アメリーゴは、7歳の時に幸せの列車に乗せられ

    『「幸せの列車」に乗せられた少年』ヴィオラ・アルドーネ|子供の頃には理解できなかった真意 - 書に耽る猿たち
    aka_koushi
    aka_koushi 2022/10/31
    表紙のイラストが気になります。ご紹介ありがとうございます。読んでみたいです。
  • 『青年』森鴎外|自己の内面を見つめて成長していく - 書に耽る猿たち

    『青年』森鴎外 新潮社[新潮文庫] 2022.10.27読了 確か読んだことないはずだ。夏目漱石さんの作品はほとんど読んでいるが、そもそも森鴎外さんの作品は1~2冊しか読んでいないはず。代表作『舞姫』を読もうとした時、文語体でとてもじゃないと読めないと断念した記憶がある。 主人公の青年の名前は小泉純一(ほとんどの人が元首相小泉純一郎を連想してしまうだろう)、彼は作家を目指して田舎から上京する。住まいに遊びに来る若い女性や謎の未亡人など多くの人との交流のなかで、自己の内面を見つめて成長していく青年の姿が描かれており、教養小説と呼ばれている。 青年期の女性に対する感情が丁寧に綴られる。特に、坂井未亡人との出逢いを日記として記すところや、友人大村との会話が興味深かった。そしてまた、古き時代の東京の街並みが浮かんでくるようだ。上野あたりの城東エリアを拠点としているが、純一は電車に乗り、そして徒歩で

    『青年』森鴎外|自己の内面を見つめて成長していく - 書に耽る猿たち
    aka_koushi
    aka_koushi 2022/10/30
    そう言われてみると、私も森鴎外の作品は教科書でしか読んでこなかったことに気づきました。もっと鴎外のことを知りたい、読みたい、そう思いました。ご紹介ありがとうございます。
  • 『シンプルな情熱』アニー・エルノー|人を愛する自分自身をも愛すること - 書に耽る猿たち

    『シンプルな情熱』アニー・エルノー 堀茂樹/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2022.10.26読了 今年のノーベル文学賞を受賞されたアニー・エルノーさんは、82歳になるフランス人作家。自伝的作品を多く書き続けている。邦訳されている彼女の作品の中ではおそらくいちばん手に入りやすいのがこの『シンプルな情熱』である。自体も薄いのに、さらに頁の余白も多い。この文量なら、普通は中編2作まとめて1冊にすると思うが、編集者はそれだけ自信を持って薦めたかったのだろう。 読み始めてすぐに、グロスマン著『人生と運命』の引用があった。この恋愛小説に、あの歴史大河作品が出てくるとはつゆほどにも思わず驚く。『アンナ・カレーニナ』が出てくるのならわかるけど。と思って読み進めたらやはり終わりの方に『アンナ・カレーニナ』と『風と共に去りぬ』が出てきた。 honzaru.hatenablog.com まさに愛する人

    『シンプルな情熱』アニー・エルノー|人を愛する自分自身をも愛すること - 書に耽る猿たち
  • 『あとは切手を、一枚貼るだけ』小川洋子 堀江敏幸|手紙の世界でひとつに繋がる - 書に耽る猿たち

    『あとは切手を、一枚貼るだけ』小川洋子 堀江敏幸 中央公論新社[中公文庫] 2022.10.26読了 手紙だけでやり取りをする男女の往復書簡小説である。小川洋子さんと堀江敏幸さんがそれぞれのパートを務めている。なんと、事前にストーリーを組み立てることもなく、当に手紙のやり取りをするかのようにして物語を作り出したらしい。目指す方向性も決めないで、雑誌連載なのに成功するのだろうか?と素人目線では疑ってしまう。 しかし、さすが現代を代表する小説家の両名だけあって、上品で繊細な書簡集に仕上がっている。元々2人の作品はとても好みだったので、スムーズに小説世界に入ることができた。儚げに散りばめられた美しい文章。いつものちくま文庫の字体とは異なるタイプライターで打ったような少しカクカクした、そしてインクのつき具合がまばらな感じが良い。ただ、ストーリー性はあまりないから、2人の作品を読み慣れていない人に

    『あとは切手を、一枚貼るだけ』小川洋子 堀江敏幸|手紙の世界でひとつに繋がる - 書に耽る猿たち
  • 『地図と拳』小川哲|激動の時代を生きた男たち、知的興奮度が爆発 - 書に耽る猿たち

    『地図と拳』小川哲 ★ 集英社 2022.10.19読了 序章を読んで、一気に引き込まれる。こんな始まり方、カッコ良すぎでしょ。自分に語彙力がないから小川さんの作品を読むたびに同じことを書いてしまうが、天才とは小川さんのような人のことを言う。巧みなストーリーテリングもさることながら、知的興奮度が高まり、程よい緊張感を保ちながら読み進めることができる極上の読書体験だった。 20世紀前半の満洲地域(現代の中国北部)の架空の都市を舞台にした群像劇である。激動の時代を生きる男たちの生き様に強く心を打たれた。現実に起きた戦争政治的出来事に絡めながら、モノを作り上げる意味、そして「建築」をテーマとした壮大な物語になっている。 第二章でロシア人は「神」を正義とし「拳」を悪だと定義している。タイトルの『地図と拳』の「拳」とはこのことなのだろうか。普通に考えると暴力ではあるが、はたして。読む前から気になっ

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  • 『悪い夏』染井為人|不快さ満載の登場人物たち、一歩間違えれば我が身 - 書に耽る猿たち

    『悪い夏』染井為人 KADOKAWA[角川文庫] 2022.10.9読了 生活保護費の不正受給問題をテーマにした社会派小説である。生活保護が行き渡るべき人にちゃんと届かず、不正な手段で保護費を受け取る人が多い。日の実態もこうなのかと思うと、情けないし悲しくなる。主人公である26歳の佐々木守は、社会福祉事務所の生活福祉課に勤務する真面目な公務員であるが、ひょんなことから問題に巻き込まれ、ずるずるといってしまう。 いい人しか登場しない小説おもしろみに欠けることがあるが、悪人しか登場しない小説はまたげんなりとした不快さが残る。この小説はまさにそれだ。悪人だとしても、あまりにも頭の良すぎる知能犯であれば興味を持ったり、何らかの原因があってやむを得ず犯罪に手を染める場合は、読んでいていくらかの理解ができるのだが、ここに登場する人物には微塵たりとも共感ができない。それがこのの狙いなのかもしれない

    『悪い夏』染井為人|不快さ満載の登場人物たち、一歩間違えれば我が身 - 書に耽る猿たち
    aka_koushi
    aka_koushi 2022/10/11
    これは面白そうです。最低にして最高、というフレーズに惹かれました。ご紹介ありがとうございます!
  • 『静寂の荒野』ダイアン・クック|自然と同化していく人間の本性 - 書に耽る猿たち

    『静寂の荒野(ウィルダネス)』ダイアン・クック 上野元美/訳 早川書房 2022.10.6読了 雄大な自然の中で人間が生活するとはどういうことか、そのなかで親子の関係はどうなっていくのかを描いた重厚な物語である。近未来SF小説とのことで、この分野が苦手な私は少し身構えていたが、思いのほか読みやすかった。むしろ原始的でさえある。人間が年老いていくのは赤ちゃんに帰るのと同じように、人類ももしかしたら都市から自然に帰っていくのではないかと思う。 都市の環境が悪影響を及ぼし、病気になり死が目前に迫った我が子アグネスのために、両親はある実験に参加することにする。それは、残された最後の自然を有する土地、ウィルダネス州への入植実験であった。人間と自然の相互作用を調べるものである。アグネスは健康になったが、剥き出しの自然の脅威の中、ここで何が起こり人間はどうなっていくのかがこの小説の読みどころである。 第

    『静寂の荒野』ダイアン・クック|自然と同化していく人間の本性 - 書に耽る猿たち
  • 『ドナウの旅人』宮本輝|旅に出て、自分自身を見つめ直す - 書に耽る猿たち

    『ドナウの旅人』上下 宮輝 新潮社[新潮文庫] 2022.10.1読了 ドナウ河は、ドイツの西南端に源流があり、オーストリア、チェコスロヴァキア、ユーゴスラビア、ブルガリア、ルーマニアの7カ国を流れる3,000kmほどの長さのある河である。読み終えた今、私も旅に出たくなった。できれば、行ったことのない国に。できれば、一人で。 定年退職を迎えた夫がいる50歳になる絹子は、ドナウ河に沿って旅をすると言って、突然家を飛び出した。娘の麻沙子は、追いかけるようにしてかつて5年間住んでいたドイツに向かう。絹子、絹子と一緒に旅をする17歳下の長瀬、娘の麻沙子、そして麻沙子の恋人のシギィの4人は、現実とはかけ離れた二度とはない旅を経験する。 麻沙子の旅の目的は、母親を説得して離婚をやめさせ日に連れて帰ることだったのに、いつしか旅を通して麻沙子の気持ちが変化していく。それは、かつての恋人シギィとの再会も

    『ドナウの旅人』宮本輝|旅に出て、自分自身を見つめ直す - 書に耽る猿たち
    aka_koushi
    aka_koushi 2022/10/03
    ご紹介ありがとうございます。今の自分の感情に合う作品です! 読んでみたいと思います。