「送別会で『へへやか』に生きて、『ほたえじにたい』と挨拶したら、一同『だあ』って感じでしたよ」 日本で生まれ育ち30年以上経つが、「へへやか」など使ったことがない。へへやかは「のんびりと時日をすごすさま」、「ほたえじに」とは「遊び暮らして死ぬこと。酔生夢死すること」。「だあ」は「あきれたりして二の句が継げないこと」や「死ぬときの叫び声。また死ぬこと」である。とりあえず作文してみたものの、「だあ」の使い方があっているのかどうか、わからない。だって、著者も言っている。現代人にとって「だあ」は「ダア!」であり、アントニオ猪木である。 このような言葉を知って、意味があるのかと言われれば、意味はない。役に立つかと言われれば役に立たない。得意になって使ったところで、ドン引きされるのは目に見えている。 著者は辞書を「引く」のと「読む」違いを指摘する。辞書を「読む」ことで、言葉との意図しなかった出会いがあ