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ブックマーク / mithiyuki.seesaa.net (1)

  • 「「私」という苦しみ」 南直哉(みなみじきさい)講師の講義感想

    「ケアする人のケア」第4回目、南直哉(みなみじきさい)講師を拝聴してきた。 自転車で信号も入れて3分の距離で、帰ってきて直ぐに書き出している。感謝の念もあるが、先ず要点から。 ①「自分が自分である事は他人を込めなければならない」 :自己決定や自己責任とは根では出来ない。なぜなら、人は自己決定で産まれてこないから ②「母親の愛:あなたのことは全て判って上げる とは深い所では支配である。敬意とは相手が自分と違うものがあることを認めること。仏教では愛は言わない。敬意である」 ③「人間の最も深い欲望は自己承認である」 リストカット、ニート、引き篭もりの相談の8割5部は親子関係が取引になっている。無力な自分をただただ肯定してくれない事に疲れている。 正直に言うと、私が今この肉体を通して考えていることだった。それはまだまだ知識として知っている、あるいは言われて分析できる、つまり分かる、でしかないもの

    「「私」という苦しみ」 南直哉(みなみじきさい)講師の講義感想
    akihiko810
    akihiko810 2015/02/22
    自分とは絶対に違う何かを持っている他者を認めること=敬意/ この社会の中では「自分」でなければならない。けれども、それには他人が含まれている。
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