リオデジャネイロ市で生まれ、幼い頃ミナスジェライス州トレス・ポンタスに移る。1963年より本格的に音楽活動を開始。1966年、ミルトンが作曲した「Canção do Sal(塩の歌)」が、エリス・レジーナの歌で大ヒットする[1]。1967年、インディーズのCodilからファースト・アルバム『TRAVESSIA(トラヴェシーア)』発表。同作は長い間廃盤だったが、2003年にCD化された[2]。 その後クリード・テイラーに認められ、1969年、A&Mレコードからメジャー・デビュー・アルバム『COURAGE(コーリッジ)』発表。1972年には、ミナスジェライス州出身の仲間であるロー・ボルジェス、トニーニョ・オルタ等と、アルバム『Clube Da Esquina(街角クラブ)』を発表。1974年には、ウェイン・ショーターのアルバム『ネイティヴ・ダンサー』にゲスト参加し、幅広いファン層を得た。その後
