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ブックマーク / www.vice.com (4)

  • こんなマイルス・デイヴィス入門

    10代のときにセントルイスからニューヨークへ移り住んでから死ぬまで、マイルス・デューイ・デイヴィス3世(Miles Dewey Davis III)は、この地球上でもっともクールな〈マザーファッカー〉だった。 10代のときにセントルイスからニューヨークへ移り住んでから死ぬまで、マイルス・デューイ・デイヴィス3世(Miles Dewey Davis III)は、この地球上でもっともクールな〈マザーファッカー(motherfucker)〉だった。私は、イキがって〈マザーファッカー〉といっているわけではない。彼の400ページにもおよぶ自叙伝には、312回もこの単語が登場する。マイルスの〈マザーファッカー〉は、フィラデルフィア人の〈jawn〉と同じだ。彼にとってこの言葉に決まった意味などなく、文脈によって意味が変わる。マイルスのブッとんだ人生と、ミュージシャン、画家、そしてファッションアイコンとし

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  • 国士舘大学応援団にみる 〈昭和〉根性論 - VICE

    「ヤクザ40~50人にさらわれた」「先輩の命令で電車を止めた」「殴られすぎて木刀が折れた」 これは、劇画や任侠映画の世界の話ではない。男が過剰に男らしかった昭和のころ、大学応援団で実際にあった話だ。 平成も残すところ半年を切り、いよいよ昭和が遠のいていく。戦後の焼け野原から高度経済成長期を経て、バブル崩壊後の長期に渡る経済停滞。昭和~平成にかけて、世の中はめまぐるしく変わった。学校教育では、ブラック部活の実態がクローズアップされ、死亡者が出るほどの体罰や長時間練習は撲滅されつつあるが、いまだにパワハラや熱中症による死亡事故などが絶えない。部活における根性論や精神論が蔓延しはじめたのは、1964年の夏季東京オリンピックに遡る。1961年に組織された東京オリンピック選手強化委員会では、選手教育の方針として〈根性づくり〉が打ち出された。そして高度経済成長下、国の再建、復興のシンボルとされたオリン

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  • セックス抜きでプリンスは語れない

    プリンスの訃報を耳にしたとき、私は、ついぞ味わったことのない衝撃を受けた。最初はとにかく信じられなかった。次に恐怖と吐き気に襲われた。そして身体じゅうの水分が絞り出されるかのように涙がこぼれ、胃が激しく痙攣した。母親から、大丈夫かとメッセージが届いた。身内も含め、誰かの死にさいして、あんなに早く母親から連絡がきたことは、後にも先にもない。普段、携帯なんてほぼ使わない父親も、自分のお気に入りソングだといって〈スノウ・イン・エイプリル(Sometimes it Snows in April)〉のリンクを送ってきた。プリンスが座るスツールの軋む音が聴こえるのがいい、と父はメッセージをくれた。私は、プリンスのコンサートを生で観られなかった自分を呪った。同時に、プリンスという天才と、長大な宇宙史の刹那を共有できた奇跡に感謝した。彼を讃える言葉など、この世にない。それほど偉大なプリンスの死を、私は心か

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  • TIN MACHINEを経て夜空を見上げる 追悼:デヴィッド・ボウイ

    音楽的にも商業的にも失敗のレッテルを貼られたTIN MACHINE。ブックオフにたくさん並んでいるTIN MACHINE。デヴィッド・ボウイ自らメンバーの一員となって展開したこの短命バンドは、ひとつの通過点としてのみ語られることが多いのですが、確実にボウイの未来へ繋がっていたと思うのです。 2016年1月10日、デヴィッド・ボウイ(David Bowie)が亡くなりました。享年69歳。その前の12月28日には、MOTÖRHEADのレミー・キルミスター(Lemmy Kilmister)も昇天。その際に友人と「誰が死んだら相当ショックなんだろう」なんて話をしてまして、「やっぱ(ビート)たけしかなぁ」と、個人的には結論を出したのですが、まさかこんなに早く違う答えが出るとは。直前の1月8日に新作『★(ブラックスター)』のリリースがあったせいで、各媒体への露出もありましたから、やっぱスゲエなぁ、なん

    TIN MACHINEを経て夜空を見上げる 追悼:デヴィッド・ボウイ
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