ブックマーク / note.com/pha (2)

  • [個人史]人には闇の部分があるということ|pha

    人生の土台となる読書』用に書いたけど使わなかった文章です。高校生の頃に鬼畜系のが好きだった話、京極夏彦と村崎百郎の交流の話、などです。 高校生になっても僕は相変わらず暗い人間のままで、学校は何も面白くなかった。ゲームくらいしか楽しみがなかった。そして、そんな自分を特別だと思い込むために、ヤバいを探していた。 高校生の頃、「鬼畜系」と呼ばれるが流行っていたのでよく読んでいた。鬼畜系というのは1995年に発行された『危ない1号』という雑誌から始まったムーブメントで、死体、犯罪、ドラッグなど、世の中で眉をひそめられるような悪趣味なものについて扱っていた。『危ない1号』の編集長であった青山正明や、ライターであった村崎百郎といった人たちが鬼畜系の中心人物だった。 今思い返すと、そんなものを読んでいたのは黒歴史だな、と思う。当時の僕は、そんなアウトローな世界には全く縁がなく、進学校におとな

    [個人史]人には闇の部分があるということ|pha
  • 文章の未来|pha

    文章を書いていくにあたって、どこで何を書いていけばいいかちょっと迷っている。 こないだふと、雨宮まみさんが亡くなってまだ一年か(もっと長い気がした)(雨宮まみのいないインターネットをもう一年も生きてしまった)、と思って、ウェブ連載はときどき読んでいたけど単行は買ったきり積んでいた『東京を生きる』を読んでいて思ったのが、これめちゃめちゃいい文章でいいなんだけど、こういうのを作っても今はそんなに売れないのかもしれない……、ということだった。 東京という街と雨宮さん自身の生き方について綴られたで、ひりひりと切実で、文章は研ぎ澄まされていて、美意識もスッと通っていて、綺麗に磨かれた宝石のようなだ。だけどそんな磨き抜かれた宝石のようなハードカバーのを作っても、今はあまり買う人いないのかも、と思ってしまったのだ。 を買うとき、何か実用性があるものにはみんなお金を出しやすいけど、コラムやエッ

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