美術館・博物館・展覧会 アイエム[インターネットミュージアム] 丹青社グループが運営しています 編集・制作/ (株)丹青社
少し前まで「わかおき」と誤読する人が多かった事が信じられないほど、すっかり日本美術のエース格に上り詰めた伊藤若冲(いとうじゃくちゅう:1716-1800)。東京で初めての大規模展は、《釈迦三尊像》と《動植綵絵》が揃う豪華版です。
以前は10万リラ札に肖像が使われていたほど、イタリア人に愛されているカラヴァッジョ。ただ、その人生はかなり破天荒です。 北イタリアで生まれ、20代半ばからローマで本格的に活動。29歳で描いた初の公的な大作(本展には未出展)が認められ、画家として大成しました。 画家としては超一流ですが、性格は粗暴そのもの。武器の不法所持、警官への投石と、要するにチンピラ体質です。ついには賭け事の諍いから相手を刺殺して、ローマから逃亡。逃亡先でもトラブルを起こし、ローマに戻る事なく38歳で亡くなりました。 活動期間も長くないため、真筆とされる作品はわずか60点強と言われています。教会に設置された祭壇画などは動かせないので、カラヴァッジョ作品が11点も出展される本展は、奇跡的ともいえます。 《女占い師》 会場構成はテーマ別。「風俗」「五感」「斬首」など、カラヴァッジョ芸術における重要なキーワードをあげて、カラヴ
伊予国で生まれ、摂津の観音堂で亡くなるまで諸国を廻った一遍。《一遍聖絵》はその歩みを全12巻48段にして詞書と絵で表わした絵巻です(ちなみに12と48という数は、阿弥陀如来の十二光仏と四十八の誓願に由来します)。 絵巻が作られたのは、一遍の没後10年にあたる1299年。奥書によると作者は画僧の円伊とされていますが、これほどの長巻なので、円伊による統括のもと、分担執筆または工房制作で作られたと思われます。 描かれたのは700年以上前ですが、大切に守られて来た事もあって、描写は現在でもくっきり。山河の姿を四季の風情も交えて叙情豊かに表現するとともに、人々の衣装や風俗・建物なども実に細かな部分まで描かれているため、美術史的にはもちろん、文化史の上でも極めて重要な資料です。 長いストーリーには、いくつかのポイントがあります。善光寺参り、熊野での託宣、信州で始めた踊り念仏、執権北条時宗による鎌倉入り
賊に殺された母の仇を討つ、牛若丸の激闘。岩佐又兵衛の絵巻では最高傑作といわれる重要文化財《山中常盤物語絵巻》、全12巻が3年ぶりに揃って公開中です。
生誕100年を迎え、現在でも多くの著作が読まれている知里真志保のアイヌ文化(史)が、その後の研究に与えた影響について特に信仰に関わるテーマ。
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く