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戦争に関するbrink004のブックマーク (12)

  • 伊丹万作 戦争責任者の問題

    最近、自由映画人連盟の人たちが映画界の戦争責任者を指摘し、その追放を主張しており、主唱者の中には私の名前もまじつているということを聞いた。それがいつどのような形で発表されたのか、くわしいことはまだ聞いていないが、それを見た人たちが私のところに来て、あれはほんとうに君の意見かときくようになつた。 そこでこの機会に、この問題に対する私のほんとうの意見を述べて立場を明らかにしておきたいと思うのであるが、実のところ、私にとつて、近ごろこの問題ほどわかりにくい問題はない。考えれば考えるほどわからなくなる。そこで、わからないというのはどうわからないのか、それを述べて意見のかわりにしたいと思う。 さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた人間はまだ一人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなつ

  • 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ 』解説 by 橋本 治 - HONZ

    加藤陽子さんの『それでも、日人は「戦争」を選んだ』は、2010年度の第九回小林秀雄賞の受賞作です。その時に選考委員だった私は、半ば強引にこの作品を推しました。それをしたのは、もちろん、多くの人にこのを読んでもらいたいと思ったからですが、もう一つ、「中学高校生を相手にして講義をする」という形のこのが、叙述の形としては画期的に新しいと思ったからです。 5章の真ん中辺には、こういうことが書いてあります―― 保守的な月刊誌などが毎年夏に企画する太平洋戦争特集などでは、なぜ日アメリカの戦闘魂に油を注ぐような、宣戦布告なしの奇襲作戦などやってしまったのか、あるいは、なぜ日は潜在的な国力や資源に乏しいドイツやイタリアなどと三国同盟を結んでしまったのか、という、反省とも嘆きともつかない問いが、何度も何度も繰り返されています。 「保守的な月刊誌」だけではなく、新聞やテレビも毎年夏になれば「終戦特

    『それでも、日本人は「戦争」を選んだ 』解説 by 橋本 治 - HONZ
  • オバマ大統領の広島演説全訳 | ライフハッカー・ジャパン

    ギズモード・ジャパンより転載: 71年前。雲ひとつない晴れた朝、空から死が舞い降り、世界を変えた。閃光と火柱が全市を破壊し、人類は悟ったのだ。人類滅亡の道具をついに手にしてしまったことを。どうしてわれわれはここに来るのか? この広島に。それは、そう遠くない過去に凶悪な力が解き放たれた事実に思いを馳せ、犠牲になった10万人余りの日人、数千人の韓国人、アメリカ人捕虜十数名の霊を慰めるためだ。 死者の魂はわれわれに問い、内省を促す。おまえはいったい何者なのだ、どこへ向かうのだ、と。 広島は、戦争だけでは語れない。人が暴力で争うのは原始の時代からあることだ。埋蔵物からもわかるように、人類の先祖は石を穿って刃をつくり、木を削って槍をつくる術を会得し、これらの道具を狩猟のみならず同胞の種に対しても行使した。 どの大陸を見回しても文明史は戦争だらけだ。穀物が足りないと言っては戦争、金が掘り起こされると

    オバマ大統領の広島演説全訳 | ライフハッカー・ジャパン
  • 『兵士は戦場で何を見たのか』破壊される男たち - HONZ

    2007年、カンザスのフォート・ライリーを拠点にしていた第16連隊第2大隊は、念願のイラク派兵に臨むことになった。指揮官のカウズラリッチ中佐は40歳の勇猛な男で、特殊部隊の兵士としてアフガニスタンでの従軍経験もある。しかしイラク進攻作戦では、彼の大隊は留守番組であった。 士官学校を卒業した多くの士官がペンタゴンで働くことを夢みる。だがカウズラリッチはそれを望まない。軍内部の政治を敬遠し前線で戦うことを常に求める。「兵士の中の兵士」「彼について行けば地獄の底からでも戻ってこられる(後略)」と部下に呼ばれるような気質の男だという。また彼は陸軍に入隊してから今まで、一人の部下も死なせたことがないという経歴の持主でもあった。書はピュリツァー賞経歴を持つジャーナリスト、デイヴィッド・フィンケルが派兵される第2大隊に同行し、兵士たちがどのように崩壊していくかを丹念に取材した従軍記である。 カウズラリ

    『兵士は戦場で何を見たのか』破壊される男たち - HONZ
  • 書評・最新書評 : 戦国大名の兵粮事情 [著]久保健一郎 - 本郷和人(東京大学教授・日本中世史) | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト

    武士たちは、いかにべ、戦ったか 戦争は戦術・戦略・兵站(へいたん)の3要素から成る。戦術とは戦場でどういう作戦をとるかであり、戦略とは政治や外交を含む幅広い視野のこと。対して兵站とは物資(武器や馬など)の補給であるが、その根料である。「腹が減っては戦はできない」のだ。 戦国の合戦を語るとき、私たちはつい戦術に目を奪われる。桶狭間の戦いは奇襲だったか否か、長篠の戦いの鉄砲三段撃ちは当か、等々。戦略が語られることは少なく、足利義昭の信長包囲網などが辛うじて当てはまるのみ。兵站となると、もう具体的な様相がまるで分からない。これではいけない。「戦争のプロは兵站を語り、戦争の素人は戦略を語る」(石津朋之氏)というではないか。 戦国大名はどのようにして、どれくらい、兵粮(ひょうろう)を調達していたか。それを知りたければ書を読もう。そんな感じで書評すればいいかな、と実は思っていた。だが、読

    書評・最新書評 : 戦国大名の兵粮事情 [著]久保健一郎 - 本郷和人(東京大学教授・日本中世史) | BOOK.asahi.com:朝日新聞社の書評サイト
  • 『兵士は戦場で何を見たのか』 - HONZ

    2007年4月、ワシントン・ポスト紙の元記者でピュリツァー賞受賞者デイヴィッド・フィンケルは、バグダッド東部にあるラスタミヤという、だれも行きたがらないアメリカ軍前線基地に赴いた。そこは、「すべてが土色で、悪臭に覆われ」、「風が東から吹けば汚水の臭いがし、西から吹けばゴミを焼く臭いがし」、「外に出るとたちまち頭からブーツまで埃まみれになる」場所だった。 2007年1月にブッシュ大統領が、「バグダッドの治安維持とイラクの自由のために」さらに2万人の兵士をイラクに送ると発表したのを受け、カンザス州フォート・ライリーを拠点にしていた第一歩兵師団第四歩兵旅団第十六歩兵連隊第二大隊がイラクに派遣されることになった。フィンケルが赴いたのは、この大隊に密着取材し、大隊の指揮官のラルフ・カウズラリッチ中佐を中心に、戦場における兵士たちの実情をレポートするためだった。 そして書(原題「The Good S

    『兵士は戦場で何を見たのか』 - HONZ
  • 1万年前の「虐殺」は人類の戦争の起源か|WIRED.jp

    brink004
    brink004 2016/01/26
    1万年経ってもやってることはあんまり変わらないですね。
  • 『戦場中毒』恍惚感という現実 - HONZ

    新聞社が社員を派遣しない危険地帯に潜り込むフリーランスの戦場カメラマン、横田徹氏の著書である。今年1月のISISによる邦人人質事件の際には、2週間で36テレビ番組に出演し、さらに新聞や雑誌の取材を10受けていたというので、名前を知る人も少なくないだろう。 アフガニスタン、パキスタン、シリア、パレスチナ、リビア、ソマリア、カンボジア、コソボ……。著者が撮影に訪れた場所を挙げるだけで、背筋が寒くなってくる。書かれる戦場事情は、報道ではなかなか伝えられないものが多い。特に、10回以上従軍取材を行っているイラク戦争の実情については詳しく書かれている。 戦場と一口に言っても、その生活環境は場所によって開きがある。最前線の前哨基地では、3度の事はほぼ保存のMREのみ。水道も無いため、体はペットボトルの水で洗うしかない。一方で、最前線や僻地を除けば、アフガニスタンやイラクのアメリカ軍基地では、

    『戦場中毒』恍惚感という現実 - HONZ
  • 1955年から2011年までの「世界報道写真コンテスト」大賞作品

    国際的なプロ報道写真家の支援、写真ジャーナリズム発展の活性化などを目的として、1955年にオランダ・アムステルダムに設立された独立・非営利団体「世界報道写真財団(World Press Photo)」。世界最大で最も権威ある写真コンテストとして知られる「世界報道写真コンテスト(World Press Photo Contest)」を毎年行なっています。その世界報道写真コンテストが始まった1955年から2011年までの大賞作品の紹介です。 どの写真も時代を象徴した心に訴える写真となっていますが、戦争や大災害などをテーマとした作品も多く、遺体なども写真に含まれますので、閲覧の際には気をつけください。 1955年 「Auto racing (オートレーシング)」 1955年8月28日にデンマーク・ラナースのVolk Mølleレーストラックで、競競技中にクラッシュしているバイク選手。 撮影者:M

    1955年から2011年までの「世界報道写真コンテスト」大賞作品
  • 『動くものはすべて殺せ アメリカ兵はベトナムで何をしたか』 - HONZ

    ベトナム戦争終結から、今年でちょうど40年。その間、この戦争について多くの研究書や回顧録、ルポルタージュが刊行され、映画もたくさん制作されてきた。もちろん、これを主題とする小説も書かれた。わたし自身も何度かベトナム帰還兵の登場する作品を訳し、この戦争について学ぶ機会を得ている。英日翻訳を専門とする出版翻訳家なら、誰もが一度は向き合わざるをえないテーマかもしれない。 最近はベトナム戦争についてよく知らない若い人が増えていると聞くが、安全保障問題への関心が高まるなか、年配の世代でも、祖国の今後を考えるためにもいま一度、この戦争について知識を整理し直したいとお考えのかたもいらっしゃるだろう。きちんと知るには、フランス、そして日による植民地支配からベトナムの歴史をおさらいすべきだろうが、そんなふうに身構えずとも、ふと目を惹かれたを手にとってみることで、思わぬ興味が広がり、理解が深まることもある

    『動くものはすべて殺せ アメリカ兵はベトナムで何をしたか』 - HONZ
  • 「日米開戦 陸軍の勝算」を読む

    林千勝著「日米開戦 陸軍の勝算―「秋丸機関」の最終報告書』(祥伝社新書)を読んだ。 書の白眉は目からウロコの史実の発掘である。今日の近現代史は「日軍、特に陸軍は無謀な戦争に走った」という見方が定着している。 だが、実は、陸軍は「陸軍省戦争経済研究班」のもと日米欧の経済力と軍事力を徹底的に調査、研究し合理的判断のもと「勝てる戦略」を準備して、開戦に臨んだという。著者の林氏はその歴史的史料を入手し、書で詳細かつ具体的に検証している。 「無謀な戦争突入」という史観は左翼・リベラル系の学者やメディアによってのみ出されているのではなく、保守層の間でも幅広く定着している。その大きな要因の1つに、元都知事の猪瀬直樹氏が1883年に出版した「昭和16年夏の敗戦」がある。 安倍晋三首相の後継を狙う石破茂・地方創生担当大臣(元防衛庁長官)は同書を高く評価、「全日人必読の書だ」と絶賛している。 猪瀬氏の

    「日米開戦 陸軍の勝算」を読む
  • 「戦争体験を聞く」という宿題を出しても戦争はなくならない - リアリズムと防衛を学ぶ

    戦争体験を聞く」ということについてのまとめが話題になっています。 「戦争体験を聞いてきなさい」と課題をだす教員は、戦争の悲惨さを生徒が学んできてくれればよい、と考えるのではないでしょうか。でも、戦争といっても太平洋戦争だけではないし、いろいろな戦争があります。また、特定の戦争の中でも、どのような立場でそれに参加したかによって、体験するものはまるで異なります。 戦争はいろいろな顔をもち、矛盾に満ちたものです。 ジョン・キーガンらの「戦いの世界史」は、このような序文から始まっています。 奇妙な存在、戦争。その流血と残虐、苦痛悲嘆と涙ゆえに、まっとうな人間なら、最大級、絶対的な嫌悪を覚えるはずだ。そうに決まっている。おおむね、そうだ。しかし、しかしである・・・。 今回は「戦いの世界史」の中で「戦争体験」の章から、人が戦場で出会う、戦争のさまざまな横顔を垣間見てみましょう。書は戦争が「どのよう

    「戦争体験を聞く」という宿題を出しても戦争はなくならない - リアリズムと防衛を学ぶ
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