先日の記事は、再び大きな反響をいただきました。 今回は神武以来(じんむこのかた)の天才、加藤一二三九段の「伝説」について補足をしたいと思います。 1982年、加藤一二三十段は名人戦七番勝負で中原誠名人に挑戦しました(肩書はいずれも当時で、十段はかつて存在したタイトルの名称です)。両者3勝3敗1持将棋2千日手という死闘の末に最終局にもつれこんだので、この七番勝負は通称「十番勝負」とも言われます。 持将棋も千日手も引き分けです。持将棋は1局とカウントして、正式には最終第8局。勝てば名人という大一番で、加藤挑戦者は苦戦をしのいで、ついに形勢は逆転しました。中原名人の玉には詰み筋が生じています。しかしその詰みは、そう簡単ではありません。 加藤挑戦者には時間がほとんど残されていません。残り時間が切迫する中で、加藤挑戦者は自陣の受けの手段を探します。しかしそれも見つからない。万事休すかと思われたその時