「ルマンド」「ホワイトロリータ」「バームロール」とか、いつまで経っても変わりませんね。 古くさいネーミングやパッケージを変える様子もなければ、姉妹品を出すこともない。 ブルボンは、他製品も総じて飾り気や奇をてらう感じがなく、味も素直でいいですね。 社員さんもたぶん朴訥な感じの、いっしょに飲みたくなるような人が多いと思いますね。
22日午前、新潟県糸魚川市の住宅や店舗が建ち並ぶ地域にある飲食店から火が出て、これまでに20棟余りに延焼しています。付近では風が強く吹いていて、市では付近の270世帯余りに避難勧告を出し、安全の確保を進めています。 現在も消火活動が続けられていますが、警察によりますと、強風にあおられて火が広がり、これまでに付近の住宅や店舗など合わせて20棟余りに延焼しています。 警察によりますと、この火事で1人が煙を吸って病院に運ばれたほか、糸魚川市は正午すぎ、付近の大町2丁目と本町の合わせて273世帯の586人に避難勧告を出しました。 新潟地方気象台によりますと、糸魚川市では正午すぎに24.2メートルの最大瞬間風速が観測されています。
国鉄時代に新潟エリアの電車でみられた「新潟色」。赤色と黄色に塗装されたこの車両が2017年1月に復活します。 1978年まで運転されていた「新潟色」 JR東日本新潟支社は2016年12月14日(水)、赤色と黄色に塗装した、いわゆる「新潟色」の115系電車を定期列車に導入すると発表しました。 「新潟色」は、JR東日本新潟支社によると1960年代後半、新潟に転属してきた70系電車に、雪の多い地域でも目立つよう赤色と黄色の塗装が施されたことに由来。新潟エリアでしか見られなかったことから、「新潟色」と呼ばれ、1978(昭和53)年まで運転されていたといいます。 「新潟色」に塗装した115系電車のイメージ(画像出典:JR東日本)。 今回復活する「新潟色」の115系は定期列車への導入に先立ち、ツアー専用臨時列車として運転される予定です。2017年1月21日(土)と翌22日(日)の各日、「懐かしの新潟色
がみ @ymgm_san @ymgm_san ちなみにこの写真は、壁一面に並んだ日本酒サーバー的なやつだ。お猪口を突っ込んでコインを投入すると、日本酒が注がれちゃうんだ。500円で5枚コインが貰えるぞ。1000円払えばお猪口10杯飲めるな! 2016-07-26 22:45:54 リンク www.ponshukan.com ぽんしゅ館越後湯沢店|新潟・越後湯沢駅・日本酒・土産・観光 越後のお酒ミュージアム、JR湯駅にリニューアルオープン!新潟の酒と米にこだわり、新潟県内の全ての酒蔵の代表銘柄を利き酒できる「利き酒コーナー」をはじめ、名物爆弾おにぎりや、県内の物産品や地酒を集めた「お土産処」越後の食卓を潤してきた、ご当地食材を今まで以上に徹底網羅、新しい魅力で皆様のご来館をお待ちしております。酒 米 糀 魚 味噌 醤油 醸造 発酵 越後のお酒ミュージアムぽんしゅ館湯沢店 新潟越後の酒蔵(93
商店街に「残留」が決まったドカベンの主人公・山田太郎の銅像=新潟市中央区で2016年2月23日、柳沢亮撮影 新潟市中央区の商店街からの撤去が検討されていた地元出身の漫画家、水島新司さんの人気野球漫画「ドカベン」の主人公らの銅像が、撤去を免れることが決まった。撤去を求めていた水島さんの事務所を商店街が説得し、存続で合意した。街の名物の「残留」に、商店街関係者は「水島さんの配慮で残してもらえた」とほっと胸をなで下ろしている。 銅像は「ドカベン」の主人公・山田太郎や、「あぶさん」の主人公・景浦安武など計7体。古町通五番町商店街振興組合(池一樹理事長)などが2002年12月、国などの補助を受け、約2000万円かけて延長約180メートルのアーケード内に設置した。版権料は水島さんの好意で無料となっている。
サークルmoetionの夏コミ新刊『栃尾のあぶらげ読本』が、COMIC ZIN秋葉原店に17日?に入荷した。 栃尾のあぶらげは、栃尾豆庵ホームページによると『全国にその名を知られる栃尾のジャンボあぶらげ。その油揚げは通常の油揚げの約3倍。長さ20〜22cm・幅6〜8cm・厚さ3cmというあまりの巨大さに厚揚げと間違えられる程』、佐藤豆腐店ホームページ『ジャンボサイズながら、鍋で2回 (低温鍋と高温鍋で1回ずつ) 揚げることから、芯までふっくらと揚がるのも大きな特徴』だそうで、新潟・栃尾(2006年1月1日に長岡市編入)には、あぶらげのお店もたくさんあるみたい。 あぶらあげ同人誌『栃尾のあぶらげ読本』の収録内容は、「栃尾のあぶらげとは」「あぶらげが出来るまで」「栃尾あぶらげマップ」「あぶらげショップリスト」「The Tochio Times」「栃尾&あぶらげ耳寄り情報」「あぶらげレシピ」「都
終戦まであと2日に迫った1945年8月13日、新潟市はゴーストタウンのような状態になっていた。市街地はもぬけの殻で、人影は全くなかった。「次に原爆が落ちるのは新潟」と判断した県が知事布告を発令し、新潟市民の強制疎開を命じたからだ。一体、何が起きたのか。 8月6日に広島、8月9日に長崎に原爆が投下された。「新型爆弾で全滅した。次は新潟だ」という恐怖が市民に広がっていた。当時の新潟市の人口は約17万人。新潟港は朝鮮半島から物資を輸送する拠点港だった。戦争末期には太平洋側の航路が保てなくなるため、日本列島への物資受け入れ窓口として重要性が高まっていた。しかし、8月1日に近隣の長岡市がB29の大空襲で市街地の80%が焼失したのは対照的に、新潟市は大規模な空襲をほとんど受けていなかった。
◇「出鉱!」の合図に胸躍り 佐渡にも、かつて鉄道が走っていた。佐渡金山から鉱石を運び出したトロッコだ。レールが残る坑道などとともに、史跡佐渡金山で昨年4月から展示されている。「きれいにして、お客さんに喜んでもらわなきゃ」。整備を担当した菊池勝巳さん(59)は、往時を知る「最後の鉱山師」だ。 □ 菊池さんは23歳の時、山に入った。見習いをしながら資格を取り、ダイナマイトの爆破、鉱石や作業員を坑道まで上げ下げする巻き上げ機の操作、そして、山の内外を結ぶトロッコの運転も任されるようになった。 蓄電池式のトロッコは、貨車1両につき約1・6トンもの鉱石が山積みされると、重みに耐えられず、時折、脱線した。作業員総出で復旧作業にあたり、その日の仕事が大幅に遅れることも。古くなったレールを交換するのも大変な作業だった。「レールは重いし、一つ一つクギを打っていくのも、神経を使う仕事だった」と振り返る。それで
震災経験共有心理的効果も 長岡市と川口町が31日に合併し、新しい長岡市がスタートする。1999年から国が誘導する形で推進され、3月末で打ち切りとなる「平成の大合併」の一環。この間、県内では、本州日本海側で初の政令指定都市としての「新潟市」が誕生するなど、自治体地図は大幅に書き換えられた。 人口5106人増 新長岡市の人口は、川口町の編入で5106人増え、引き続き県内2位の28万4331人(3月1日現在)を見込むが、2006年1月に旧栃尾市など4市町村と合併した際の人口と比べると、939人増にとどまる。過疎地を含むほか、相次ぐ震災や水害の影響もあり人口減少が続いたためだ。面積は約890平方キロ・メートルで、県内市町村で5位となる。 「公共料金の早い引き下げを、いろんな場面でお願いしている」。川口町の岡村譲町長は2月、町議会でこう発言し、新市政への期待をにじませた。 今回の合併は、中越地震の震
東京は花冷えの最近ですが、気分はすっかり春でお出かけプランや春物の服のことなどを考えると仕事が手につかないですよねー。そんなこんなで3/25発売の新潟タウン情報誌『新潟Komachi』の5月号に登場しております。 「春のおでかけ特集」と題して、新潟から日帰りでも行ける見どころをたくさん紹介しているのですが、その中の4ページをいただいて誌上ブログ的なものを書かせていただきました!鮭の町・村上を一日歩いた感想を写真で紹介しております。 カメラマンさんにも同行していただき、写真も別人のようにいい感じに撮っていただきました。ありがとうございます…!取材というより編集者さん・カメラマンさんとの女三人旅行という感じですごく楽しかったです。 「紙媒体だとかぶっちゃうからブログのエントリーにはできないかな…」と思っていたのですが、「発売日以降だったら記事にしていただいて大丈夫ですよ」とのお言葉をいただきま
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