福山に竹山さんをお迎えしたのは都合四度のことだった。 最初はいかんせん右も左も、その上前後も分からぬ無謀な企て、あちこち綻ぶところで 冷や汗をかいてまいります。 このような催しは一人の手では運営が無理なところ、知り合いなど70人ばかりを関係者として運営に当たってもらいます。 なあに打ち上げで不足の無いよう一服盛るのですからよく動くのです。 「飲み足りん、食い足りんが有ったら返さない」が合言葉ですから、不足の出る幕など隙間のない事です。 公演を数度繰り返しますと同じ関係者ばかりですから、目を瞑ったところで事は運んで参ります。 当初は「三味線・・ださい」などとほざいた若い衆も最初の公演が終わると早速CDを買いあさる手のひら返しの術を使うのですから、見かけで決め付ける怖さを味わう事と成って参ります。 主催すると言うのは因果な商売で、公演が始まるまでは不測の事態を空心配いたすもので、一週間前辺りか