cakesは2022年8月31日に終了いたしました。 10年間の長きにわたり、ご愛読ありがとうございました。 2022年9月1日
もうずいぶん前に亡くなった慶応の加藤守雄さんが、海老沢泰久「みんなジャイアンツを愛していた」の解説を記している。文学史上では加藤先生は―これは不名誉な表現になりかねないのだが―著作「わが師折口信夫」によって、折口の男色、同衾を克明に明かし記した人として知られる。 わが師折口信夫 (朝日文庫) 作者: 加藤守雄 出版社/メーカー: 朝日新聞社 発売日: 1991/11 メディア: 文庫 購入: 3人 クリック: 65回 この商品を含むブログ (5件) を見る みんなジャイアンツを愛していた (文春文庫) 作者: 海老沢泰久 出版社/メーカー: 文藝春秋 発売日: 1994/10 メディア: 文庫 この商品を含むブログ (1件) を見る 功績があたかもその点に集約され、結果、研究者として、一流でなかったように聞こえてしまったとしたら、申し訳ない。そんなことはない。そしてこれもまた、微妙な表現に
独身34歳男、年収900万+配当収入300万くらい。 贅沢の良さがわからない。 例えば飛行機のファーストクラスに乗って現地ホテルはスイートルームを使った事がある。 飛行機はちょっと席が広くて、ほぼフラットに倒れるので寝やすかった。 スチュワーデスさんが美人だった。それなりに美味しい酒や機内食が出た。 ホテルの部屋は自分一人では余るくらいの広さ。朝食は食いきれないほど並べられ、どれも美味しかった。テラスから眺める景色はまぁキレイだった。 しかし、ただそれだけの為に100万単位で金を払うのはアホらしいと感じた。 その気になれば年3~4回は無理なくやれるのだが、全くそんな気にならない。 1食20万の懐石料理を食った事も有る。10万のステーキも食った。 行き届いたサービス、美味しい食事。まぁ悪くはない。 食いたければ月に数回は問題ない。けどやる気はおきない。 オーダーメイドのスーツもやってみた。5
おれって、何なんですか? いや、べつに存在の根拠とかいうようわからんもんを追求しているわけじゃあないですよ。たんに、なんというか、たとえば「はてな」界隈の中でどんなもんなんですかね? 正直、それがわからんのです。有名ですか? 無名ですか? 有力ですか? 無力ですか? ようわからんのですよ。 有名で有力だ、というのは、なんか違うと自分では思います。だいたい、なにかはてなの有名人が列挙される中に入ったことがない。完全に無視されているといっていい。一方で、かんぜんに読者のいない泡沫ブロガーかどうかというと、米とかパスタとか贈ってくださる人がいる。赤の他人に見返りなしに高野豆腐贈るってのは、それなりにハードルがあるものでしょう。でも、そうしてくださる人がいる。そうすると、それなりのものかな、と思う。 思う一方で、やっぱり存在感ねえなと、そうとも思う。そんなんで、ぐるぐるしている。ぐるぐるしているだ
結論から先に書くと、2016年6月末から2017年3月末までの8ヶ月間で、少なくとも世界で42名の方が射出座席で助かっている。 射出座席とは、飛行機(とくに戦闘機)が事故または攻撃により回復不能な状態になったときに、飛行機から乗員を座席ごと外に出してパラシュートで救う仕組みだ。漫画や映画、疲れたときに見てしまうYouTubeの航空機事故映像などで見ることができる。 映画ではトム・クルーズ主演の「トップガン」の射出シーンが有名だと思うけど、ボスニア停戦協定後に撃墜された米戦闘機パイロットの脱出を描いた「エネミーライン」も射出座席の観点からもおすすめだ。股の間の射出時バーを引いたあとの短い間に、コクピットのまわりのねじが火薬で破壊され、(おそらく墜落後に敵に情報を盗まれないために)電子基板やハードディスクも焼かれるところまでなぜかポップに細かく描写されている。どの見放題サービスも無料扱いされて
いやー、先月末の満月はブルームーンでスーパームーン、かなり大きく感じましたね!!! 実家のベランダから撮ってみたのですが、東京スカイツリーが、何気に小さく感じます(笑)!!! そういえば、今晩は皆既月食。あっ、午後八時半ぐらいにはもう欠けだしましたね……。 ここで実家から本所のアパートへと帰りましたが、その途中で見たスカイツリーはとってもカラフル!!! 最近は早い時間に、この色合いのライティングを見かけることが多いですね……。 さて、寒いのをガマンして、今度は本所のアパートのベランダから皆既月食を観察してみましょう。うーん、さすがにコンパクトデジカメではズームに限界がありますね。明るい部分の光を拾い過ぎて、明暗の境目がよく判りません……。 それでも、徐々に月が赤く侵食されている様が辛うじて判ります(笑)!!! あっ、油断をすると手ブレが……。 午後九時五十一分には完全に地球の影に月が覆われ
FM-Xは、1983年12月発売の富士通で唯一のMSXパソコンであります。 統一規格でありながら他社との差別化を図るということだったのでしょうか、FM-7との接続ができる仕様となっておりました。 両機種を接続するためのオプションは『FM-7インターフェース』。 そのパッケージ内容はFM-7用拡張カード、FM-X側カートリッジ、拡張F-BASIC1.0(カセットテープ)、RGBケーブル、マニュアル2冊となっております。 接続手順、まずFM-7のZ80カードスロットにケーブル付拡張カードを装着。 FM-X左側面にある拡張スロットにインターフェイスカートリッジを装着し、両機種を接続。 1台のモニタ(当時はテレビ)を共有する場合には、付属のRGBケーブルでFM-7のRGB出力ポートとFM-X入力ポートをつなぎ、FM-Xにモニタ(テレビ)を接続。 その際FM-Xの映像源セレクタは基本外部(FM-7)
昨夜(ゆうべ)、眠れずに、泣いていた。 はあちゅうの「通りすがりのあなた」を、好奇心から手にした俺が馬鹿だった。深く傷ついた。伊藤春香には、少なくとも近代日本正統の小説家たる資質は、まったく、何ひとつ、ない。押切もえのときにも深く傷ついて嘆息したのだけれど、はあちゅうからは、それを上回る痛手を受けた。そうはいっても何かしら、ひと櫛、ひと欠片、ひと滴、の可能性を著作から探ってやるのが礼儀と思い、彼女のアマゾン(ほぼ)全作品を注文した。 それが、これから1週間にわたって届く。届いたら、読んでしまうのだろう。 俺がこれまで、わるい女に騙されてきたときの、典型的なパターンだった。悪夢だ。泣きながら寝た。 * 山際淳司には、ボクシングの秀作が大きく3つあります。 時系列順に、まず、ひとつめが、春日井健を描いた「ザ・シティ・ボクサー」。ふたつめが、大橋克行(秀行会長ではない)を描いた「逃げろ、ボクサー
松影町2丁目の交差点を石川町駅方面に向かって曲がる。直進して、京浜東北線の高架の下をくぐる。さらに直進して右折、左手にファミリーマート、右手にドラッグストア、その先におれのいきつけのスーパー「食品館あおば元町店」がある。 話を巻き戻そう。高架の下をくぐった先のビル、一階に薬局、二階にボクシングジムがある。ジムの名前はE&Jカシアス・ボクシングジム。Eはエディ・タウンゼントのE。Jは純一のJ。純一のフルネームは内藤純一。現役時代のリングネームはカシアス内藤。『一瞬の夏』のカシアス内藤。エディ・タウンゼントはカシアス内藤を「ジュン」と呼んだ。このジム開設にあたって、沢木耕太郎はカンパをつのったらしい。 と、おれは毎度ジムの明りを見ながら思う。「いつか『一瞬の夏』を読まねば」と。そうだ、おれは『一瞬の夏』を読んでいなかった。内藤律樹が東洋太平洋チャンピオンになったとか、その動向をひそかに追いなが
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